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第89回 ヤンゴンの懐かしい建物 伊藤努

第89回 ヤンゴンの懐かしい建物 伊藤努

第89回 ヤンゴンの懐かしい建物

茶番劇といわれたミャンマー(ビルマ)総選挙が終わり、軍事政権が描いたシナリオ通りに、親軍政政党が圧勝を収めた。その余勢を駆ってというわけではあるまいが、軍政当局は「目の上のたんこぶ」的存在の民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんの自宅軟禁を7年半ぶりに解除した。このため、日本のメディアでもミャンマー関連の報道が増えたが、その中に、以前、特派員として現地のヤンゴンで取材していた折によく見掛けた建物などが写った外国通信社配信の写真が何枚かあった。

1枚目は、スー・チーさんが解放された当日、彼女の邸宅の門前に詰め掛けた支持者ら群衆に向けて「第一声」のあいさつをした際に、群衆との間を仕切る表玄関の門の上にある飾りのような小さな支柱が写っている写真だ。門はかなり高いので、邸宅の敷地内にいるスー・チーさんは門の内側に踏み台のようなものを置いてその上に立ち、門越しに群衆に呼び掛けているのだが、体を支えるために小さな支柱につかまり、手を振っていた。

この光景は、スー・チーさんが「短い民主化の春」といわれた1990年代後半の一時期、ヤンゴン市内のインヤ湖畔にある自邸の前で行っていた週末の対話集会での演説シーンを思い出させた。自宅軟禁中は、許可なく外出ができないばかりか、一般の市民からも隔離され、公衆の面前に姿を見せることもかなわない。スー・チー邸の門前に集まった群衆への呼び掛けは、この国の人々にとっては、かごの鳥だった民主化指導者が「自由の身」となったことの何よりの証しなのである。ちなみに、NLDの紋章は「戦う孔雀」で、彼女を表しているかのようでもある。

もう1枚は、スー・チーさんが軟禁解除の翌日、自ら率いる国民民主連盟(NLD)の幹部と今後の対応策を検討するために赴いた同党本部の建物が写った写真だ。建物は老朽化した平屋で、屋根は古いトタン。机やいすも粗末なつくりで、軍政当局に解党処分を受けたとはいえ、最大野党といわれたNLDの本部としては貧弱極まりない。スー・チーさんが政治活動を許されていた十数年前とほとんど変わらない廃屋のような党本部の建物に、ミャンマー民主化勢力の置かれた窮状を見る思いがする。

かつて、ヤンゴンでの取材時に目に焼き付けた2つの懐かしい建物の写真を久しぶりに見て、スー・チーさんら民主化勢力が徒手空拳で、「文民政権」と名前を変えた軍部という巨象に向かっていく姿と二重写しとなる。どう転んでも、スー・チーさんの前途は茨の道が続く。

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