第35回 アジアの体験的病院事情 伊藤努

第35回 アジアの体験的病院事情
海外旅行をしたり、駐在員として外国で生活したりする場合、気になるのは病気にかかったときの対応だろう。医療水準が比較的高いとされる欧州でも経験したが、ここではアジア諸国の病院事情について、自ら経験したり、友人や知人が病院で治療を受けたりした時の見聞を基に紹介したい。一言で評価すれば、タイをはじめ、パキスタンなどアジア各国の病院や医師は「かなり頼りにできる存在」と言っていいのではないか。
筆者はバンコク駐在時代、両眼の間にある眼窩という部分に腫瘍(結局、悪性のものではなかった)ができ、現地の総合病院に入院し、手術を受けたが、手術前のタイ人担当医の診察、診断を含め、非常に丁寧な治療を受けることができ、手術もうまくいった。生まれて初めての全身麻酔による手術だったが、不安は全くなかった。
また、全国紙のバンコク支局長だったSさんは駐在中、脳卒中で倒れ、現地で手術を受けたが、一命を取り留めたばかりでなく、その後帰国され、障害は残ったものの、再び職場に復帰した。初期治療の際の処置と手術の成功によるもので、Sさんはタイの病院は「命の恩人」と述懐していると知人から聞いたことがある。
パキスタンの首都イスラマバードに隣接するラワルピンディの総合病院での経験も忘れられない。3年ほど前、出版社の編集者と2人で同国最大の州であるパンジャブ州を駆け足で取材旅行したが、相棒のT氏が途中で体調を崩してしまった。山間の小さな町とあって、近くに頼れる病院はなく、真夜中に地元医師に宿舎に来てもらい、簡単な診察を受けた後、半日かけて大都市のラワルピンディに車で移動し、大病院を訪ねた。高い熱があり、悪寒がすると言うので、マラリアを疑ったが、野戦病院のような同病院の救急センターのパキスタン人医師は「強行日程や環境の変化による疲労と発熱」が体調不良の原因と診断した。恐れていたマラリヤの感染でないことが分かり、2人で顔を合わせてホッとしたのは言うまでもない。
筆者は、動けずにいるT氏に付き添って受付で手続きをしたり、次々と入れ替わる3人の担当医の診察に立ち会ったりしたのだが、女医さんを含め、医師や病院スタッフの対応はまことにきびきびとしたものだった。
もちろん、現地での治療や手術で事足りるというケースばかりではない。別の全国紙の北京特派員を務めていた友人のH記者は北京で肝炎にかかり、中国では満足できる治療が受けられないということで、一時帰国し、東京の病院に入院した。外国で病気にかかった場合の対応は、結局はケースバイケースで判断せざるを得ないという結論に落ち着くが、アジアの病院、医師の実力は控えめに言って、「満更捨てたものではない」というのが筆者の見立てである。