第21回 特派員とストリンガー 伊藤努

第21回 特派員とストリンガー
東南アジア広域カバーの拠点となっていたタイのバンコク駐在時代、筆者の守備範囲の国々の首都にはそれぞれ現地の助手がいて、いろいろと貴重な情報を送ってくれた。英語では「ストリンガー」と呼ばれている地元のジャーナリストあるいはレポーターだ。筆者の勤務先だけではなく、日本や欧米のメディア各社もほぼ同様のストリンガーを抱え、ニュース合戦にしのぎを削った。特ダネを落としたり、重大事件発生時の速報で負けたりと後塵を拝したことが多かったのだ
が…。
それはさておき、所属する通信社のバンコク支局で一緒に働いたのは、初代が英語が堪能でAFP通信(フランス)のストリンガー経験もあるA記者で、2代目はバンコクにある大学を出たばかりのN嬢。ベトナムのハノイでは、日本語が話せるM記者、カンボジアのプノンペンでは筆者の勤務先の競合通信社でストリンガー経験があるS記者、ミャンマー(ビルマ)のヤンゴンではかつて英国のBBC放送のレポーターを務めていた高齢のM・M記者といった具合に、多くの外国人助手が特派員活動の手助けをしてくれた。
20年ほど前には欧州の2カ国で駐在の経験があるが、人件費が高いこともあってか、欧州時代は、記者の「目」となり、「耳」となる助手の雇用を会社が認めてくれなかった。では、なぜ、アジアや中東など開発途上国の勤務では現地助手を雇うことが許されているのか。第1の理由は、英語やドイツ語など日本人に比較的知られた外国語とは違って、特殊言語に属する現地の言葉に通じた助手がいなければ、十分な情報収集ができないということがある。第2は、やはり給料が比較的安くていいからだろう。
筆者の場合、取材対象としてお膝元のタイをはじめ、(当時のニュースの重要な順で列挙すれば)カンボジア、ミャンマー、ベトナム、ラオスといった国々のほか、東南アジア諸国連合(ASEAN)の一連の会議や動向のカバーがあった。もちろん、英語で用が足りることも多いが、政治家など取材先が自国語を使えば、お手上げとなる。各国の助手と一緒に仕事をするときは、通訳になってもらう以外にも、地元に取材ネットワークがあるストリンガーならではの発掘情報を報告してもらい、必要なら取材を進めるという手法を取る。日本人の記者である筆者がどのような原稿を本社に送っているかを相棒の助手にきちんと理解してもらっていなければ、いい情報は上がってこない。このため、出張時の打ち合わせのみならず、バンコクにいるときでも、意思の疎通は欠かせない重要な仕事だった。
バンコク時代、記者仲間の飲み会では、「A社の抜きネタ(特ダネ)は助手の手柄だよ」とか、「B社がミャンマー情勢に強いのは、ヤンゴンにいる助手が軍事政権に食い込んでいるからだ」といった話が冗談半分で交わされた。尊敬する他社の先輩は「途上国で記者の仕事ぶりは助手が有能か否かで決まる」と語っていた。「それが正しい見方かな」と半ばうなずきつつも、「特派員」を名乗る立場の身としては、内心忸怩たる思いがしたことも正直な感想である。