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蘇州、深圳の児童襲撃事件が日本企業の意欲削いだか-「反日」キャンペーンの影響も(上) 日暮高則

蘇州、深圳の児童襲撃事件が日本企業の意欲削いだか-「反日」キャンペーンの影響も(上) 日暮高則

蘇州、深圳の児童襲撃事件が日本企業の意欲削いだか-「反日」キャンペーンの影響も(上)

6月に江蘇省蘇州で日本人学校に通う児童への傷害事件があったのに続いて、9月にも深圳市の学校で日本人児童に対する同様事件が発生した。中国には日本企業が大小合わせて3万社近くが出ており、家族を連れて赴任する日本人社員にとっては大問題。「家族を残すべきか、帰すべきか」の選択が迫られる。危害を加えられる外国人は日本人だけにとどまらないため、各国の関心事にもなった。加えて、現在中国経済はデフレ不況から抜け出せない状況にある。ファンダメンタルズ(経済基礎条件)を見る限り、依然回復の兆しは見られない。その上、生活の安全が保障されないとなれば、外国企業全体が中国ビジネスを見直す時期に来たのかも知れない。しかしながら、しっかりとサプライチェーンを構築した企業はそうやすやすとそのつながりを断ち切れない。イソップの寓話ではないが、中国という湖の女神は今後も“正直者”の外国企業に対し金の斧を出し続けるのか、それとも黙って姿をくらましてしまうのか。難しい見極めが必要となっている。

 <深圳の児童刺殺事件>
殺傷事件が起きたのは9月18日の朝だ。広東省深圳市の珠江に面した蛇口地区で、対中国貿易専門商社「西日本貿易」の社員である小山純平氏の子息航平君(10)が中国人の母親に連れられて日本人学校に登校しようと学校から200メートル離れたバス通りを歩いていたとき、中年の男が航平君に近づき、突然刃物で腹と足を刺した。母親の目の前の惨劇だったが、防ぐすべはない。男は「俺はやったぞ」と誇らしげに叫びながらそのままそこに立ちつくし、すぐに駆け付けた警察官に取り押さえられた。航平君の傷はかなり深く、病院で手厚い手当てを受けたが、翌19日未明1時36分、死亡が確認された。

中国外交部スポークスマンによれば、犯人は江西省から出稼ぎにきていた44歳の「鐘」という男。事件当時は「無業遊民」で、定職は持っていなかった。2015年、東莞市で公共通信施設を破壊したり、社会治安をかく乱したりした罪で逮捕された前科がある。ただ、今回事件の動機などそれ以上の情報は明らかにしていない。読売新聞などその後のメディア報道によれば、「鐘」は事件当時深圳の隣の東莞にいて職が見つからず、不満を募らせていた。彼は「何か大きな事件を起こせば大きな反響がある。例えば日本人を殺傷すれば、自分の行動を支持する人が出てくるかも知れない」と思い、犯行を考え付いたようだ。そこで、「鐘」はネットで深圳の日本人学校を探し出したという。その行動を見る限り、彼は日本人に危害を加えようとする一定の意図はあったように思われる。

西日本貿易は、戦争中八路軍に所属していた日本人が関西の諸企業のバックアップを受けて1961年に創設した”老舗“の友好商社で、以前は雑貨中心だったが、現在では半導体など電子部品、繊維、化工製品、金属から雑貨まで広い分野の商品を扱っている。小山純平氏は西日本貿易が中国に作った子会社「恵和商貿(広州)有限公司」の深圳支社に在職(課長クラス)している。香港の親中国系雑誌「亜洲週刊」によれば、上海の大学で学んだというから、中国ビジネスに携わりたいとの熱意があったのであろう。妻とも中国現地で知り合い、結婚したという。つまり、亡くなった息子航平君はまさに日中友好の結晶であったわけだ。母親は目の前で息子が刺された時、「息子にどんな罪があるというの」と嘆いたという。

この事件から遡ること3カ月前の6月24日にも同様事件が起きている。江蘇省蘇州市の工業園区で日本人学校のスクールバスが止まるバス停で、帰宅する児童を待っていた日本人の母親とその児童に対し暴漢が襲い、母子に切りつけた。他の児童にも危害が及びことを恐れたバスの中国人女性乗務員、胡友平さんが男を後ろから抑えようとしたところ、逆に数回刺されてしまった。親子の命に別状はなかったが、胡さんは不幸にも命を落としてしまった。そのため、この事件は日本人が襲われたということより、むしろ地元では日本人のために犠牲になった胡さんの行動の方が英雄視されていった。

外交部スポークスマンによれば、この事件の犯人は「近ごろ蘇州へ移住してきた」という「52歳の無職男」とのこと。毛寧副報道局長は記者会見で、遺憾の表明をするものの、事件の詳細については「担当部署に聞いてくれ」と素っ気ない。担当部署も犯人の背景や動機などは明らかにしていない。外交部の林剣報道官は「これは個別事案で、どの国でも起こり得ること」とあくまで特別視しない考えを示した。同部の公式見解は「中国は最も安全な国であるが、こうした事件も偶発的に起きる」というもので、いわゆる「低調処理(事を荒げたくない)」の姿勢を見せつけた。6月には、東北地方・吉林省吉林市の公園で、米国の私立大学から派遣されていた教員4人が突然、男に刃物で刺される事件が起きた。昨年10月にも、北京のイスラエル大使館職員が路上で襲われる事件が起きているから、外国人の注目を集めないよう早々に沈静化を図りたかったのであろう。

つまり、外国人を狙った事件は日本人にとどまらず、米国人やイスラエル人も襲撃対象となっているのだ。清朝末期の1900年に8カ国連合軍が北京に進駐するという「義和団事件」が起こったが、その原因を作ったのは排外的な秘密結社「義和団」の活動であった。今年一連の外国人襲撃事件が特定組織によるものとは思えないが、何回も続けば、特定組織が一定の主義・主張の下で犯行に及んでいるとの印象も与えてしまう。それによって諸外国が「中国危ない」との認識を持てば、対外交流、貿易に影響を与えることは必至だ。それでなくともデフレ不況、景気低迷で外国企業、資本が撤退する動きがある。その中で、撤退に拍車を掛けるような雰囲気の醸成は阻止したいとの思いは、当然中国側にもあるだろう。

実は、中国人による外国人襲撃事件はスイスやオーストラリアでも発生している。スイスでは、国慶節の10月1日、チューリッヒ大学留学中の23歳の男がナイフを振るって3人の幼児を傷つける事件があった。彼は外国人女性に恋したが、恋愛は叶わなかったため、自尊心が傷つけられたとして、却って強い「祖国愛」に目覚め、外国人への憎悪を募らせたようだ。オーストラリアでは8月末、33歳の中国人男が1歳にも満たない幼児に熱いコーヒーをぶちまけて、重い火傷を負わせる事件もあった。彼は、学生ビザを持ちながら長年同地でアルバイト仕事をしていたが、理想の稼ぎができないことが不満であった。そして現地人への反感を高めていったと見られる。 

<反日の背景>
話を日本人絡みの事件に戻す。深圳の事件があった日は9月18日で、1931年に「9・18事変」が起きた時から93年目に当たる日だった。日本軍が南満州鉄道の線路を爆破し、それを契機に軍を進めて満州全域の制圧につなげた謀略事件で、日本では「柳条湖事件」と呼ばれる。中国では盧溝橋事件(1937年)が起きた7月7日とともに、この日は反日感情を持たせ、愛国意識を高めるためのイベントにしている。そう言えば、蘇州日本人学校児童の事件も盧溝橋事件記念日を間近に控えた日だ。蘇州でも、深圳の事件でも犯人の動機や背景は明らかにされていないが、「反日」が底辺にあったことは否めないであろう。であれば、被害者側の国は疑心暗鬼になるのは避けられない。

蘇州の事件後は、刺殺されたのが同じ中国人の女性であったので、党中央は「正義のため勇敢に行動した勇士」との称号を与え、称えた。共産党はかつて「雷鋒に学べ」運動を展開したように犠牲的精神を発揮する人物が大好きである。という形で、この事件は中国人の英雄話にすり替えられ、事実上日本人が被害に遭ったことが消し去られた恰好になった。深圳の事件で犠牲になった児童の母親は中国人。つまり中国人ハーフが被害を受けたことに深圳の老百姓(一般住民)の同情を引いたようで、殺傷現場や日本人学校の門前には多くの花束が供えられた。これに対し、街の警察官や学校の警備員は「低調処理」という当局の指示を受けたためか、花束をすぐに撤去しようとした。このため、献花側の人と押し問答になったりもした。

小山純平氏は友好商社に勤める人だけに、子供の死に慟哭しても、その後に「この事件で中国に対しても日本に対しても恨みを抱いていない。思想のねじ曲がった少数の人間が犯す卑劣な行為によって日中両国の関係が壊れるようなことはあってはならない」と冷静に語っている。ただ、献花する中国人がいる一方で、ネットなどでは根も葉もない、悪意あるうわさも拡散されていたという。前中国大使である垂秀夫氏は在職中の昨年5月に、事件のあった深圳の小学校を訪問しているが、今回の事件を受けて、「中国のSNS上では、日本人学校に対して、さまざまなひどい言葉が流布されていた。中には『日本人学校はスパイの養成機関だ』というものもあった」などと指摘している。

中国では今でも、抗日戦争時代の記念日イベントを大々的に実施している。一番大きいイベントは「南京大虐殺犠牲者国家追悼日」で、毎年12月13日に挙行されている。習近平国家主席が就任して2年目の2014年に全人代常務委員会で正式に追悼日が制定された。ちなみに、1937年に日本軍は南京を占領したが、この際に30万人が犠牲になったと中国側は主張する。もともと資料が乏しいので、丸い数字のままである。当時の南京の人口は20万人超とされており、とても30万人が死亡したとは思えない。だが、同市には「大屠殺遇難同胞記念館」が造られ、現地で毎年記念式典が行われる。同様に、柳条湖でも、盧溝橋でも、さらには平頂山の炭鉱集落で集団虐殺があったとされる遼寧省撫順でも慰霊式典がある。

1990年代から2010年代にかけて、中国に侵攻した日本軍を悪者にするテレビドラマが盛んに制作された。それまでは蒋介石(総統)、国民党が最大の悪者だったが、統一戦線の一環として国民党との関係が改善され、その後に唾棄すべき対象者としては日本軍が選ばれた。中国に攻め入った日本軍人が占領地で威張り散らし、悪事を働いたりして最後に地元民に報復攻撃されるというストーリーが大半だ。ドラマに出る日本兵役は中国人であるため、「ばか野郎」とか「早くしろ」という侮蔑、命令言葉には日本語を使うが、その他の会話は流暢な中国語であるため、日本人からすると違和感がある。中国のどの衛星チャンネルでも日常的に放映されていて、中国人民の目に触れる機会は多い。蘇州、深圳事件の加害者は40歳、50歳台でそうした映像の中で育ってきた世代。一度は海外に出ている知識人、日本への旅行経験者ならば今の日本の在り様は分かるが、海外を知らない農民工、都市の臨時工などは紋切り型の抗日戦争ドラマだけに影響される。そして、日本への憎悪を膨らませたことは間違いない。

 

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