蘇州、深圳の児童襲撃事件が日本企業の意欲削いだか-「反日」キャンペーンの影響も(下) 日暮高則
蘇州、深圳の児童襲撃事件が日本企業の意欲削いだか-「反日」キャンペーンの影響も(下)
<日本企業の反応>
中国が海外に“敵”を作るならば、米国が真っ先に挙げられるべきであろう。昨今では、半導体など電子部品の輸出を規制し、逆に輸入品には高関税をかけようとしている。さらには、米国は経済安保上の観点から中国人研究者や留学生を受け入れていない。人権を抑圧したとみなされる人物にはマグニツキー法で入国を禁止している。本来なら恨んでもいい国であるのだが、なぜか米国を悪者にしない。その理由は、中国がそうした行動を取ると、米国が必ず報復行動に出ると踏んでいるからか。あるいは、西側最大の大国への配慮か。米国で貯蓄したり、不動産を持っていたりする中国人はかなりいる。そういう人にとってマグニツキー法の対象者になって入国できなくなるのは困るので、米国批判はしにくい。
その点、日本はマグニツキー法、スパイ法など特定外国人を忌避、排除する法律はなく、入国審査が甘いので、いかに反日的な思想の持ち主でも入国は容易だ。その結果、靖国神社に何度も落書きされたり、NHKの国際放送で中国の政策に迎合的な発言をされたりしてしまう。なおかつ、日本での土地所有も財産保有も基本的に自由である。本来なら、中国国内で反日的な活動をしたり、ドラマ、映画制作をしたりする人物は「好ましからざる訪問者」として入国拒否すれば良いのだが、そうした報復措置も取る様子もない。つまり、反撃のない戦いは戦いやすいのだから、中国にとって日本を悪者にするのが一番都合いいのだ。
もちろん、今回の児童殺傷事件を受けて、日本側にも反発がないわけではない。被害当事者の父親のように「日中関係にひびを入れてはならない」という寛大な人もいれば、強硬意見もある。先の自民党総裁選に登場した高市早苗女史や小泉進次郎氏は「中国側が真相究明して事実を明らかにするよう断固要求する」と主張して、政府に迫った。2人とも夏の終戦記念日には靖国神社を参拝しており、基本的に中国には必要以上の忖度はすべきでないという姿勢を貫く。ネット上では「中国人の在日資産を没収しろ」とか「日本駐在の中国大使を追放せよ」といった過激な言動まで出ていた。ただ、対中国経済関係で生きる多くの企業があれば、政府としては、強硬姿勢が取りにくいという現実がある。
2018年時点で、香港・マカオを含む中国に長期滞在している日本人は17万人強であった。筆者の経験からしても、特別な事情がない限り、現地の大使館、領事館に滞在を届け出ないケースもあるので、実際は今でも20万人以上いるのではないか。ただ、2019年からのコロナ禍に加えて、昨年3月、アステラス製薬の現地社員が容疑事実も明らかにされないまま逮捕され、今年8月に起訴された。加えて昨年7月には反スパイ法が強化されたので、現地駐在員の間には不安が広がっている。企業によっては必要以上の駐在員を置かないケースが増えてきた。その上、今回の事件のように子供まで狙われるとなると、家族同伴はとても無理な状況になった。一部企業は、駐在員の家族を帰国させる動きに出ている。
日本企業自体の脱中国化も進んでいる。日経新聞によれば、中国の日系現地法人の設備投資は今年第2四半期(4-6月)に前年同期比で16%の減。これは四半期ごとに見ると、7期連続で前年実績を割り込んだ。さらに海外投資額全体で見ると、中国への投資の構成比は13.6%と2四半期連続で欧州向けを下回ったという。2019年第2四半期当時は、海外法人の投資額に占める中国の構成比は18.6%というから、5年間で5ポイント近く減少している。日本にとって中国は輸出先としては2位、輸入元としてはトップだ。それだけ経済的な依存度が高い国であるが、コロナ禍での都市・工場封鎖、反スパイ法制定、容疑理由が公開されない拘束、そして今回の駐在員家族への暴力事件で忌避感が出てきた。中国離れが加速されるのではないかとの見方がされている。
<ファンダメンタルズ>
第3四半期まで終わった中国の経済状況はどうか。国家統計局が10月18日発表した第3四半期(7-9月)の実質国内総生産(GDP)は前年同期比4.6%増で、前の1-3月期、4-6月期に比べて伸びは縮小した。1-9月の3四半期通しで見ると、成長率は4.8%。今年の通年目標が「5%前後」であるので、「前後」という部分を強調すれば、4.8%はほぼ達成された数字だ。だが、当局は「従来の高成長からすれば、この数字では不十分」と認識しているのであろう。さらなる財政支出が必要との判断から、今後3年間で6兆元の国債を発行する計画があるという。ネットニュース「財新網」によれば、この金は地方政府の債務問題解消に充てられるという。であれば、固定資産投資などの景気刺激に使われる「真水」にはほとんどならないもようだ。
13日の同統計局の発表では、今年9月の全国消費者物価指数(CPI)は前年同月比0.4%増。8カ月連続でプラスとなったが、その伸び幅はいずれもコンマ以下で、8月の0.6%増からも縮小した。食品は前年同期比3.3増で、8月の同2.8%増から上昇したが、これは中国人が最も好む食材である豚肉が同16.2%アップとなったことが大きな理由。非食品価格はエネルギー価格、観光・ホテル料金、航空運賃が落ちたことで、前月の0.2%増から0.2%の減に転じた。コアの消費は落ち込んでいる。9月の生産者物価指数(PPI)は前年同月比2.8%の減となった。8月は1.8%減だったので、下落幅は拡大した。9月のPPIは過去6カ月で最大の落ち込みだし、20カ月以上下落を続けている。
また、9月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.8で、8月の49.1、7月の49.4よりも回復したものの、9月まで5カ月連続で50を下回った。PMIは製造業やサービス業の景気動向を示す数字で50が好不調の境目となる。その一方で、対外貿易は依然順調のもよう。海関(税関)総署が10月14日発表したデータによれば、第3四半期(7-9月期)の輸出総額は9128億米ドルで、前年同期比6.0%の増。四半期ごとに見ると、3期連続のプラスとなった。一方、第3四半期の輸入額は6554億ドルで同2.5%の増。貿易黒字額は2574億ドルで、この黒字幅も前年同期より拡大している。輸出品目を見ると、EV(電気自動車)を中心に車が2割、パソコンや電子部品が1割伸びたことが大きい。労働集約型の工場の多くはすでに外国に移っているためか、そこで作られる衣服、玩具などの品目は、前年同期比で減少している。
長引く不動産市況の低迷がやはりGDPを引き下げる”元凶“になっている。日経新聞によれば、1-8月期の新築住宅販売実績は前年同期比で20%の減になった。売れなければ価格安になる。8月の主要70都市の新築住宅価格は同0.7%低かったという。2023年6月から住宅価格は一貫して下がり続けている。1-8月期の固定資産投資のうち民間企業に限れば、前年同期比で0.2%の減。就業者の8割を吸収するという民間企業は事業拡大に及び腰であるようだ。こうした数字から総括すると、海外企業の撤退、投資の減少、さらにはGDPの3割を占めるという不動産業の低迷で、中国経済全体の”パイ“は確実に委縮しているもようである。しかも、不動産開発業者などの債務整理がついていないため、再建の見通しがまったく立たないのだ。
そんな中でも、中国の株価は上昇に転じた。不況の影響でずっと右肩下がりを続けていたが、9月下旬に一気に反転上昇した。国慶節連休入り前の9月30日、上海証券取引所の株価指数は終値で3336.5ポイント、前日比で約8%アップ、最近では最安値だった2月と比べ3割近く上昇した。連休明けの10月8日も連休前の好調を維持し、寄り付きから商いが活況。上海取引所は3674.4ポイントで始まり、すぐに上昇したが、間もなく失速した。残念ながら、この株価上昇は実体経済を反映したものではない。政府が株価を落とさないよう主要企業に自社株を買わせたものだ。自社株買いのために人民銀行(中央銀行)は3000億元規模の低利の融資枠を設定したもので、要はPKO(プライス・キーピング・オペレーション)の成果であった。
人民銀行は一段の金融緩和に出て、短期ローンの金利を1.7%から1.5%に引き下げることも決めた。さらに、不動産の流動化を目指す政府は、「ホワイトリスト」の未完成物件、いわゆる優良な「爛尾楼」の建設を再スタートさせるため、与信規模を4兆元まで設定した。物件が確実に買い手に渡るよう一時的に資金供給する、井戸の呼び水のような効果を狙ったものである。一説には、販売済みの未完成住宅は4800万戸あり、完成には約3兆元の資金が必要だと言われる。だが、不動産はこのほか、まったく売れない「ブラックリスト」の住宅もある。大手デベロッパーはそうした物件建設にもすでに大量の資金を投入しており、その負債の底は見えないし、そのための対策が講じられてもいない。
日本はじめ海外の企業はこうした状況をどう判断するか。当面はデフレ不況から抜け出せず、中国の苦境は続くとの判断になるのかも知れない。その判断であるなら、海外企業はますます中国離れを促進させるのであろう。サプライチェーンを東南アジア、西アジアに移す動きが加速されるのであろう。日本人ビジネスマンは今後、家族を連れて中国からその地へ移動していくのだが、その新しい地では、政府が意図的に吹き込んだと見られる「反日思想」などなく、子供が襲われるといった心配がないよう祈るばかりである。(了)
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