第372回 鉄道建設受注で見せたタイのしたたかさ 直井謙二

第372回 鉄道建設受注で見せたタイのしたたかさ
タイ人のしたたかな外交や商取引についてはすでに触れた。(当コーナー第224回「タイ人の交渉力と集中力」)(霞山会広報誌『Think Asia No19』「 アユタヤ、日本との歴史的繋がりと現代」)タイの巧みな交渉術に今度は大国の中国がしてやられた。
東南アジアを鉄道で結ぶために計画された「タイ高速鉄道計画」は習近平政権が打ち出した一帯一路構想の重要な要素だった。高速鉄道輸出に力を入れる日本との競争もあって、タイが中国に求めた条件は、高速鉄道に必要なものは全て中国側が提供する一方、建設にはタイのゼネコンも参加させ完成後の運営はタイが握るという厳しい条件を出した。
当然交渉は難航したが、結局タイ政府は中国からの借款を受けず自己資金で一部区間の建設にとどめ、ラオス国境へとつながる部分は延期すると発表した。中国側は技術と建設を提供させ利益を求めるなということだとタイに反発しているという。身の丈に合った施策を求めるタイのバランス感覚が今回も発揮されたようだ。
多くの新興国が日本に円借款を要請していた80年代、タイは円借を断ったことがある。円借を増やしすぎると償還が重くなるという理由だった。
ベトナム戦争が終結し、ベトナム、カンボジアそれにラオスに社会主義政権が誕生した直後、タイはアメリカに対しタイ国内にあるアメリカ軍基地の撤去を求めた。アメリカのドミノ理論が破たんし、隣国まで共産主義が浸透しているにも関わらず米軍基地の撤去を求める一方、アメリカ軍との合同軍事演習コブラゴールドは今でも続いている。イギリスとフランスを対峙させ、結局植民地支配を逃れたタイは一か国に頼らず全方位外交を得意とする。
今回も中国との高速鉄道計画のキャンセルとほぼ同時に、商社やメーカーによる日本の合同プロジェクトはタイ国鉄から高架鉄道建設を受注した。バンコクを起点に北に26キロと西に14キロ延びる高架鉄道。北は日本の円借で西はタイの自己資金で建設されるという。

これまでタイの高架鉄道と地下鉄はいずれもバンコク市内を走る短いもので郊外からの通勤は車に頼らざるを得ず根本的な渋滞解消にはなっていなかった。(写真)
日本は貿易や企業進出の経験が長いことが功を奏したのかもしれない。自国の思惑や利益を前面に押し出すのではなく進出する国の立場も考慮に入れたプロジェクトが求められる。日本のプロジェクトの受注で中国側に圧力をかけたタイが有利な条件で高速鉄道の合意を取り付ける可能性もある。
写真1:バンコクを起点に北に26キロと西に14キロ延びるタイの高架鉄道
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