第292回 八一大橋に架かる白いネコと黒いネコ 直井謙二

第292回 八一大橋に架かる白いネコと黒いネコ
2014年は鄧小平氏生誕110年に当たるが、習近平総書記は式典で言葉を尽くして鄧小平氏を賞賛した。その一方で習近平氏は毛沢東元主席の功績をたたえつつ、文化大革命など一部の誤りについても指摘した。格差や汚職など国民の間に不満が毛沢東時代を再評価し、鄧小平氏の指導で始まった市場経済が疑問の声につながることを牽制し、中国が市場経済を今後も堅持していくことを改めて示したといえる。
鄧小平氏が述べた「不管白猫黑猫、抓到老鼠就是好猫」白いネコだろうと黒いネコだろうとネズミを取る猫がいいネコだという言葉は有名だ。計画経済だろうと市場経済だろうと生産が上げ豊かになるべきだとして鄧小平氏は世界で初めて共産主義政権下での市場経済導入を行った。鄧小平氏が文化大革命時代に下方され3年間重労働に服した南唱市には新旧市街地を分ける贛江に八一大橋が架かっている。江沢民元総書記の時代に掛けられた橋で支柱には「江沢民」の文字が刻まれている。
中国では橋の守り神として動物の像を欄干や橋の袂にしつらえる習慣がある。
強さや頑健さを示唆する獅子や龍などが多いが、八一大橋には巨大な白いネコと黒いネコの像が置かれている。
鄧小平氏は天安門事件の後、異例の抜擢で江沢民氏を総書記に指名した。
鄧小平氏ゆかりの地の南昌市にかかる大橋に白黒のネコの像を置くことは、江沢民氏の鄧小平氏に対するお礼と敬意の意味がこめられているようだ。投宿した宿はネコの像がある橋の袂とは反対側だった。
朝早く橋を歩いて贛江を横切りネコの像の見学に出かけた。8月の南唱市は蒸し暑く靄がかかっていて横切るのまでの15分間ほどで汗がにじみ出た。通勤する市民は特にネコを意識することもなく職場に急いでいた。ネコの像は思ったより大きく、白いネコは怒りの表情を露にし、黒いネコはネズミを押さえ込み鋭い目つきであたりを見回していた。
ネズミを捕った黒いネコが市場経済を表しているのかもしれない。表情は穏やかなネコというよりはむしろ獅子や龍の鋭さを感じた。橋の欄干には豚や馬など中国の十二支のレリーフが貼り付けてあった。江沢民元総書記から白猫黒猫の像を置くように異例の指示を受けた南唱市の共産党員や地方職員はおどいたに違いない。総書記の要望に逆らう事もできず、せめてネコの表情やしぐさに強い動物の思いを残したのではないかと想像した。
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