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第272回 スペシャル・ティーとカラチの天使 直井謙二

第272回 スペシャル・ティーとカラチの天使 直井謙二

第272回 スペシャル・ティーとカラチの天使

連載中の「アジアの今昔・未来」第98回目の「ほろにがいカラチのビール」でイスラム国ではアルコール飲料が禁止の苦労話を書いた。筆者は1日に缶ビール2缶で十分なほど酒には弱い。同僚との呑み会でもペースが遅く、酒を注がれるのを逃れるのに苦労するくらいだ。ところがイスラム国の取材で2週間も酒を呑まないと落ち着きがなくなり無性にビールが呑みたくなる。呑めないと思うとよけい思いが募りビールの夢を見たりする。

異教徒は全員アルコール中毒だというイスラム教徒の非難もあながち嘘ではないだろう。軽度アルコール中毒患者にも救世主がいた。灼熱のカラチで取材していたとき、韓国料理店を見つけた時のことだ。日本食堂をほとんど見かけないカラチでは隣国の韓国料理にもふるさとの味を感じる。店は何の変哲もない「焼肉店」だ。店に入りさっそく焼肉を注文した。煙が上がっている焼き立ての肉にはビールが欠かせない。筆者らの表情を店主の韓国人のおばちゃんは見逃さなかった。「スペシャル・ティーはいらないか?」と追加注文を促した。

第364回 直井.jpg

ベトナムやカンボジア、それにインドやスリランカなどでそれぞれの国のお茶を飲んだが、日本の緑茶を越えるお茶に出会ったことがない。韓国取材中も何回か韓国茶を飲んだことはあるが特に印象に残っていない。「特別なお茶」と言っているが、焼肉にお茶もないだろうと思って注文を断った。しかし、おばちゃんは筆者の目をじっと見て再度スペシャル・ティーの注文を促した。再度の勧めを受け、スペシャル・ティーを注文するとおばちゃんは店の2階に上がれと言う。言われたとおり焼けた焼肉を抱え2階に上がりしばらくすると土瓶と茶碗が運ばれてきた。おばちゃんの言うことが理解できなくなった。お茶を飲むならわざわざ2階に上がることなど意味不明だ。おばちゃんはこちらの戸惑いに意を解さず、土瓶のお茶を茶碗に注いだ。お茶が泡立っている。茶碗のスペシャル・ティーを飲み干す。それは間違いなくビールだった。

パキスタンはイスラム国では表向きはあくまで「特別なお茶」だ。上に政策あれば下に対策がある。その時、おばちゃんが天使に見えお礼がしたくなった。韓国料理に欠かせないわかめがカラチでは手に入らないのだそうだ。次のカラチ取材の折にわかめを持参しプレゼントした。

あれから10年以上カラチを訪ねる機会に恵まれていないが、相変わらずスペシャル・ティーはおばちゃんの店の看板メニューだろうか。


写真1:カラチ市内

《アジアの今昔・未来 直井謙二》前回
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