第274回 混迷するタイで期待される国王 直井謙二

第274回 混迷するタイで期待される国王
今年86歳になるタイのプミポン国王は高齢のため公の席に姿を見せることはなくなったが、5月、タイ中部のホアヒンの離宮で行われた即位記念式典には乾季末期の猛暑にもかかわらず出席したプミポン国王の姿を一目見ようと数万人が集まった。
長期にわたる反政府デモやインラック首相の失職、軍によるクーデターなど政治の混乱が続くなか、依然としてプミポン国王の指導力に期待が集まっている。強制されているわけではないが、多くのタイの家庭に国王の写真が置かれている。国王への敬愛の情は実際に国を危機から救った実績に起因する。
ベトナムが共産化されれば周辺国も共産化されるというドミノ理論をかざしアメリカ軍が10年以上に渡って戦ったベトナム戦争は1975年、アメリカの敗北という形で終結した。アメリカの予言どおりタイの隣国ラオスやカンボジアが共産化され、タイのジャングルにも共産ゲリラが活動を強めていた。危機感を深めたタイは国王を中核にまとまり共産ゲリラを撃破、王国を守ることに成功したのだ。

1987年、日本とタイは日泰修好100年の記念の年を迎えた。日本からは中曽根元総理がタイを訪問。タイからは皇太子が訪日、当時皇太子ご夫妻だった現在の天皇陛下ご夫妻もご臨席し、盛大な式典が行われた。ところがちょっとした日泰の行き違いからタイ皇太子の怒りをかい、皇太子は予定を途中で切り上げ帰国するというトラブルがあった。
皇太子の帰国後、タイでは反日感情が高まり、有力紙が連日日本の対応の不手際だと書きたてた。写真は日泰友好が傷つくことを憂慮したプミポン国王が日本の援助で完成した文化センターの「こけら落し」に参列されたときのものだ。報道カメラマンがカメラを構えているが、国王はカメラのほうに顔を向けポーズをとられている。国王は歩行を続けながらもシャッターが切られるまでポーズをとり続けていた。写真を撮ろうとしているカメラマンへの国王の気遣いだ。
プミポン国王の記念植樹では筆者も2メートルほどまで近づき写真を撮ることができた。さりげない気遣いが国民の求心力につながっているようだ。国王の式典参加で反日ムードは見事に消滅したのだ。
92年、軍政と民主化運動デモが激突し、数百人が死亡した事件ではプミポン国王がそれぞれの指導者を呼び、自分のことばかり考えるなと厳しく叱責した。そしてその後、あっという間に事態が収拾された。
猛暑の中、即位記念式典に集まった市民も国難を前に高齢になったプミポン国王の指導力に期待している。
写真1:カメラにポーズをとる国王
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