1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 台湾で新たな省籍矛盾が急浮上(中) 戸張東夫

記事・コラム一覧

台湾で新たな省籍矛盾が急浮上(中) 戸張東夫

台湾で新たな省籍矛盾が急浮上(中) 戸張東夫

<台湾化の進展に動揺する外省人>

このような台湾の政治的変化を外省人勢力はどのように受け留めたのであろう。外省人も戦後長い間国民党の独裁政治に苦しんできたのだから政治の民主化をやはり歓迎したに違いない。中国との関係も改善され中国に行くことも可能になった。だがこの政治改革を進めていくとどうなるのか。そこら辺も考えないわけにはいかなかったであろう。この改革によって台湾は中国本土から法的に切り離され、台湾に独立した法体系を打ち立てる方向にすすみ始めたことを深刻に受け留めたに違いない。(たとえば今回の改革によって台湾の元首にあたる総統を96年から台湾住民の直接選挙で選ぶことになったが、台湾住民が選んだ総統を中国全土を代表する総統とはいえまい。こうして中華民国総統は台湾の総統に生まれ変わることになる。)

外省人が懸念したようにその後中華民国・台湾の台湾化が様々な形で推進された。陳水扁総統の最初の民進党政権は2006年から2008年にかけて台湾正名運動を展開した。これは台湾の企業や団体名に含まれる「中国」や「中華」を「台湾」に変えるというもの。台湾は中国ではないと主張するのがネライである。また蔡英文総統の二回目の民進党政権が断行したのは「移行期の正義(転型正義)」の追求である。台湾で国民党による権威主義統治が実施されていた時期の人権侵害や不正行為の真相を明らかにし、賠償や名誉回復によって被害者の救済をはかろうというもの。蔡政権は2017年12月「移行期正義促進法案」を立法院で可決、独立の委員会を特設して調査を進めることになった。

このような本省人による台湾化もさることながら馬英九総統の国民党政権当時には馬政権が中国との交流や中台経済の一体化を加速させたことに危機感を抱いた学生たちが立法院(国会)を占拠する「ひまわり学生運動(太陽花学運)」(2014年3月)が起こるなど外省人にとっては大きなショックだったに違いない。

外省人たちはこのような台湾化の潮流の中で何を考えていたのであろうか。台湾の民主化の過程で、本省人の報復を恐れた者もいるかも知れない。台湾化がすすむにつれて今度は自分たちが差別されるかも知れない、そんな懸念を抱く外省人もいたのではなかろうか。前途を悲観して外国に緊急脱出したものも少なくないであろう。

だが外省人がこのような台湾化の潮流にただ流されているとみるのは当たらない。外省人は本省人に対する不満や敵対意識を抱いていないわけではない。ただそれが本省人にストレートに向けられていないため、分かりにくく、見逃されやすいのである。いま台湾では水面下で新たな省籍矛盾が広がり深まっているのである。

戦後台湾にやってきた外省人。中国人としてのアイデンティティを誇り、台湾は中国の一部だと確信し、中国と台湾が統一する日を待ちわび、国民党と新党に期待をかける外省人。これに対し本省人は外省人の独裁政権と闘い、民主化を実現する中で、台湾は中国ではない、自分たちは中国人ではなく、台湾人だと主張し、民進党を支持している。この二大勢力(台湾では族群という)が対立し、敵対し、新たな省籍矛盾を形成し、民主化台湾の「お荷物」となるのは宿命としかいいようがない。

この省籍矛盾がいま危険な方向に進み始めたのである。

<中国の台湾工作に協力する外省人>

中国と結んで圧倒的勢力を誇る本省人と対抗しようとでも考えたのであろうか、外省人が中国の台湾工作に協力している実態が次第に明らかになってきた。中国の台湾工作は国民党の馬英九政権が中国との関係を改善し、両岸の交流促進に努めたのに乗じたかたちで活発化してきた。中国の台湾工作は中国に進出した企業や団体に特定の利益を与える(儲けさせる)ことによって、中国の指示や命令で動く代理人や、中国の指示がなくても、中国の意向を忖度して台湾で行動する協力者をまず確保し、それらの協力者を通じて中国の政策や影響力を台湾に浸透させるのだという。リモートコントロールの台湾工作だ。中国がこのような協力者として外省人に目をつけるのは、もちろん外省人の台湾における立場や、新たな省籍矛盾の実態を熟知しているからだが、外省人が自ら志願して協力者になるというケースも少なくあるまい。

また中国から経済的支援を受けている個人や団体も少なくないようで、中国から誰が金銭をうけとったか、いくら受け取ったのかなどがおおっぴらに語られているという。このような中国の台湾工作と協力者の活動は台湾ではいまや公然の秘密になっているようだ。

ある台湾研究者は、台北黄埔軍校同学会と中国との様々な交流の実態など中国の台湾工作の実情を具体的に、名指しで語った上で次のように証言している。

「台湾は民主主義だから中国の価値観も含めどんな価値観を唱道しても差し支えないのだが、台湾アイデンティティがこれだけ強まっているにもかかわらず台湾の日常生活の中で中国の主張や考え方を宣伝するこれだけたくさんの言説が流されているのは奇妙なことだ。まるでこれが多数意見のようではないか。」「いずれにしても台湾に対する中国の影響は増大している。」(HUNG Tzu-Chieh〈Buying Hearts and Minds : China’s Proxy Agent in Taiwan〉『アジア研究』、2017年7月、1~11頁)。


《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》前回  
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》次回
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》の記事一覧

タグ

全部見る