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台湾で新たな省籍矛盾が急浮上(下) 戸張東夫

台湾で新たな省籍矛盾が急浮上(下) 戸張東夫

<代理人や協力者の水面下の工作>

二年前の2016年に蔡英文政権が登場して以来中台統一を主張するグループによる政権批判が強まったと報じられている。蔡総統は外省人と本省人による新たな省籍矛盾にどう対応するのであろう。蔡英文民進党政権は中国から目の敵にされている。「中国は一つ」という中国の主張する原則を頑として認めないからである。このため台湾と中国は目下絶交状態で交流は途絶している。このような状況になると台湾内部の代理人や協力者が重要な役割を演じることになるわけだ。

それを立証するような事件がこの(2018年)1月明らかになった。外省人の政党「新党」の幹部が中国から資金を受け取り中国の台湾工作の片棒を担いでいたというのである。台湾からの報道によると、スパイ容疑で逮捕した元留学生を調べたところ、元留学生はまず「新党」の幹部三人に接触、三人に中台関係に関するニュースサイトを開設させ、このサイトを閲覧する若い軍関係者を取り込もうと画策した。三人はそのサイトの運営費として中国政府の国務院台湾事務弁公室から二十万米㌦(約二千二百万円)を受け取っていた。だが三人の「新党」幹部は「利用されただけ」と言う理由で不起訴になったという。最近もこんな事件が報じられた。

台湾のテレビ局が制作放映した三十五回の連続テレビドラマがたった二回放映されただけで打ち切られてしまったのである。日本の植民地時代の台湾を舞台に、日本軍の従軍看護婦として働いた実在の台湾人女性の一生をテーマにした『智子之心』というドラマだ。この(2018年)5月10日に第一回目、翌11日第二回目が放映されただけで、後は別の番組に代えられてしまったのである。「日本軍を美化している」「媚日」などと中国に批判されたためだと報じられている。

ドラマを制作、放映したのは台湾の仏教系慈善団体「慈済基金会」経営のテレビ局「大愛電視」。「慈済基金会」は「慈善団体のテレビ局にはふさわしくないと考え自主的に放映中止を決めた。中国の批判とは全く関係ない」と説明している。しかし同基金会は中国でも活動しているから、中国の圧力があったに違いないとみる向きが多いようだ。詳しいことは分からないが、「慈済基金会」が中国の代理人か協力者なのではあるまいか。とはいえこの種の事件の真相は分からないままになってしまうことが多いらしい。中国は台湾に対する日本の影響を危険視しており、中国も外省人も基本的には反日だ。これに対して本省人は一般的に親日である。だからこそ『智子之心』のようなドラマが作られるのである。

この連続テレビドラマ中止事件はもちろん日本びいきの本省人を批判する意図で画策されたものである。台湾ではこのように反日を掲げて本省人を批判するというケースが少なくない。これは今日の新たな省籍矛盾を考えるときに忘れてはならないポイントである。

<対応迫られる蔡英文総統の民進党政権>

少数派に転落した外省人はいまのところ中国の代理人や協力者の役割を演じているに過ぎないが、数が多くなれば台湾内部の中国のような存在に膨れ上がり、台湾の政治、経済に好ましからざる影響を与えることにもなりかねない。

 台湾が民主化に踏み出したばかりの80年代なかばのこと。筆者が台北でインタビューした外省人の国民党立法委員(国会議員)がこんなことを言っていたのを思い出す。「台湾人(本省人)はずいぶんよくなった。カネもあれば家もある。経営者になった人も大勢いる。これに対して外省人は経済面でも、政治面でも弱者の地位になりさがってしまった。将来、外省人の二世が、台湾ではもうこれ以上やって行けない、たえず差別され、排斥されたりするのではたまらないと考えるようになったら、彼らは中国と手を握ろうとするかも知れない。」「人口は、もちろん台湾人の方が外省人より多い。外省人は台湾全人口千九百万人中わずか四百万人にすぎない。しかし、中国大陸の十億の人口と比べれば、台湾人の数ははるかに少ない。」(拙著『台湾の改革派』、東京・亜紀書房、1989年11月、127頁)

 今にして思えば、ずいぶん大胆かつ危険な発言といわざるを得ない。台湾の民主化を喜び、台湾化を避けられないものとして受け入れたものの、自分も含め外省人はこれからどうなるという不安を外省人として考えないわけにはいかなかったに違いない。そんなときに選択肢の一つとして「中国と手を握る」可能性に言及したのであろう。当時そんなことを考える人はいなかったし、考えたとしても公然とくちに出して話す人も皆無だった。筆者も論理的に考えれば、そのようなこともありうるといった程度に受け留めていた。だが、いま外省人が「中国と手を握る」ことが現実となっている。中台関係にもかかわる問題であるだけに蔡政権としても対応に苦慮しているに違いない。


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