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日中雪解けと中国映画祭と『芳華』(下) 戸張東夫

日中雪解けと中国映画祭と『芳華』(下) 戸張東夫

<「異常な時代」はドラマの背景に使われただけ>

映画祭初日、開幕式の後さっそく『芳華』を上映した。当局の検閲で〝待った〟がかかりそうな文化大革命(1966~76年)、毛沢東死去(1976年)、中越戦争(1979年)などを取り上げたことで公開前から、また昨年(2017年)12月に封切りされると、今度は興行成績が群を抜いていることが話題になった。

『芳華』は1970年代から80年代あたりの「異常な時代」の中国を背景に、人民解放軍直属の演劇・宣伝部隊「文工団」で活動する当時まさに青春時代のまんなかだった女性団員グループの規律正しくひたむきに生きる姿を想い出としてスクリーンに再現する。「当時の文工団の生活はもっと厳しくつらいものだった。あれではきれいごと過ぎる」という批判の声もあるようだが、想い出がとかく美化されやすいことはよく知られていよう。

*「文工団」は「文芸工作隊」のこと。軍隊だけでなく政府機関にも設けられた。歌や演芸でわかりやすくイデオロギー宣伝や慰安活動などに当たった。



70年代から80年代にかけて中国では文化大革命、第一次天安門事件、唐山地震、毛沢東死去、鄧小平党副主席復活、改革開放政策着手、中越戦争など中国の前途を左右する重大事件がきびすを接して中国を襲った。中国はこれらの事件を経て段階的に毛沢東のイデオロギーや階級闘争を重視する政策から鄧小平による経済建設や豊かさを追求する改革開放政策に方向転換することが可能になったのである。ところが『芳華』ではこのような中国の人たちにとって天地がひっくり返るような動きにはほとんど触れられていない。「異常な時代」の苦痛や悲惨は中国人観客の心に深く刻まれているため、あえて触れる必要はないということなのか。いや「異常な時代」はあくまでもテーマを盛り上げるための背景だからであろう。
 

<映画『芳華』は青春賛歌?>

一方「文工団」の女性たちの、共産党と革命を信じ、理想に燃え、生き生きと生きる姿が様々な角度から映し出される。舞台の上で歌い踊るシーン、大きな練習室における練習、集団浴場の隅でシャワーをあびる全裸の乙女、女学生のようににぎやかな脱衣室の女性たち、特権階級のように水着姿のプール遊び。「異常な時代」でも青春は青春だと叫んでいるようだ。

中国は当時まだ貧しく、舞台の上でも日々の生活でも着るものは粗末で野暮ったい。いつもショートパンツにアンダーシャツ姿、だぶだぶした厚い布製のブラジャーを締めると少女のようだ。しかしそれでもみんな花のように美しく、若さがまぶしく光り輝いている。清純なエロティシズムを感じさせる。

『芳華』のタイトルは青春という意味で使われている。映画のテーマは今ひとつはっきりしないが、「異常な時代」でも青春は光り輝いていたという青春賛歌だと筆者は受け止めたが、いかがなものであろう。馮小剛監督は10年以上軍の「文工団」の団員だったというから、監督自身の想い出なのかもしれない。

ここでは「異常な時代」を象徴する事件が二つだけ語られる。イデオロギー離れと自由化の中で、これまで資本主義の害毒を流すとして聴くことを禁じられていた台湾の歌手鄧麗君(テレサ・テン)のカセットテープを宿舎でひそかに聴くところ。もう一つは好きな女性を抱きしめたことを咎められた男性団員が罰として中越戦争の前線に送られるエピソードだ。実話かどうか不明だが、文化大革命当時これに似たような事件が少なくなかったことはよく知られている。この男性団員は戦場で右腕を失い、想い出もすべてが甘美なものではないことを改めて思い知らされる。


<想い出に欠かせない「懐かしのメロディー」>

ところで想い出には音楽が欠かせない。その時代に歌ったり、聞いたりした歌やメロディーは想い出と切り離し難く結びついている。だから『芳華』にも数々の「懐かしのメロディー」がちりばめられている。いくつか気がついたものを紹介してみよう。
 
まず抗日戦争時代に一部地域で流行し、その後全国津々浦々で歌われるようになった陝西北部の民謡で1930年代の革命歌「綉金匾(金の額を刺繍する)」。次に1964年武兆堤監督によって作られた映画『英雄児女』の主題歌「英雄賛歌」。1975年現代バレードラマとして李文虎、景慕逵監督によって映画化された現代バレー劇『沂蒙頌(イイモンソン)(沂蒙を讃える)』。沂蒙は山東の地名。かつて共産党の革命根拠地だった。1976年中国藝術団の京劇、演奏などの舞台をまとめて記録した映画『百花争艶』に収録されたバレー「草原女民兵」。監督は李文虎、景慕逵。 そのほか于洋監督1980年の映画『戴手銬的旅客(手錠をかけられた旅行者)』の主題歌「駝鈴(駱駝の鈴)」。有名な女性監督張静1979年の映画『小花』の主題歌「絨花」など相当な数にのぼる。そしてこの映画のタイトル「芳華」はこの「絨花」の歌詞に由来する。「絨華」は映画のラストに流れるが、冒頭の部分「世上有朶美麗的花 那是青春吐芳華」(この世に一つ美しい花がある それは青春の花芳華)の「芳華」を当てた。馮小剛監督のあの頃の青春に対する思い入れも相当なものと知れよう。

中国情報によると普段は滅多に映画館に足を運ばない年配の観客、それも夫婦ずれが目立つという。これらの懐かしのメロディを、1970年代から80年代の文化大革命や社会的混乱のなかを生き抜いた「過来人(クオライレン)」ははたしてどのような思いで聴くのであろう。

写真1:文工団の女性はみな輝いていた。『芳華』より。
(c)Huayi Brothers Pictures Limited



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