1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 中国で人気抜群のお笑い芸人郭徳綱の孤軍奮闘(下) 戸張東夫

記事・コラム一覧

中国で人気抜群のお笑い芸人郭徳綱の孤軍奮闘(下) 戸張東夫

中国で人気抜群のお笑い芸人郭徳綱の孤軍奮闘(下) 戸張東夫

<中国相声を“つまらなく”したのは誰だ?>

「伝統相声再評価」、「相声はエンターテインメントに徹すべし」、「当局の規制やタブーが多すぎる」などの相声批判は中国相声の現状と主流派を批判したものだが、郭の矛先はもう一つ中国の相声をこのような“つまらない”ものにしてしまった新中国成立以後の共産党や政府当局の相声政策にも向けられているという気がしてならない。では新中国成立後の共産党や政府当局による相声政策とは一体どのようなものであったのか。ここで中国相声の現代史のひとこまにいささか触れておかねばなるまい。

<思想教育、政治宣伝の手段に変えられた相声>

1949年中国に共産党政権が登場すると、新政権の政策によって政治、経済、文化全てが“革命”された。相声も例外ではなかった。それまで百年近くにわたって底辺の貧しい人たちの安価な娯楽として親しまれてきた相声は、エンターテインメントとして存続することを許されず、イデオロギー教育や政治宣伝の道具に生まれ変わることになった。これは「文学・芸術は政治に従属する」という党の政策に基づく“革命”であった。相声芸人はそれまで民間人として自由に人々の求めに応じて語っていたが、新政府の方針により、相声芸人は全て文藝団体や党、政府の組織に入り、その所属団体や組織の専属芸人になった。こうして相声芸人は全て公務員としての身分を保障され、給金や住居などを与えられたことから生活が安定したことを喜ぶものが少なくなかった。だが、自由な公演活動は出来なくなり当局のお墨付きのない相声を語ることは禁じられてしまった。「相声芸人の任務は党の政策を宣伝し、毛沢東思想を宣伝することである。相声芸人は武器を持たない兵士である」というのだから、相声芸人もついていくのが大変だったに違いない。

また新政権の発足直後は語るべき相声がなかったため伝統相声を語るほかなかった。このためまず新中国でも人々に受け入れられる内容のものを選び出し、不適切な表現を変えたり、一部を修正したり、それでもダメなら大幅に改作したりして使わざるを得なかった。しかし伝統相声には労働者や農民をバカにしたり、身障者を笑いものにしたり、また外国を崇拝したり、権力者や金持ちをうらやましがるなどの内容が少なくなかった。したがって共産党当局は次第に伝統相声を敬遠するようになった。そうなると伝統相声を積極的に語ろうというものは少なくなり、伝統相声を語ることの出来る芸人の数もめっきり減ってしまった。

<朝鮮戦争に総動員された相声>

こうして当局は新作相声に力を入れることになった。ちょうど1950年に朝鮮戦争が始まり、“抗美援朝運動(米国に抗議し、朝鮮を支援するキャンペーン)”が中国全土で展開され、相声が総動員され、キャンペーンのために数多くの新作相声が作られた。これを機に中国の相声界は新作一色になり、伝統相声は一段と影の薄い存在になってしまった。

その後文化大革命の空白を経て、1978年に鄧小平の改革開放政策がはじまり、人々の毛沢東離れ、政治離れが進んで、人々の考え方も変わり、相声に対する要求も従来の宣伝・教育相声より、面白い相声へとかわってきた。中国相声界もこうした声に応えて娯楽色の強い相声やナンセンスものを作ったのだが、何しろ長い間共産党による管理と指導を受けていたために、人々を満足させるような新作相声を作ることは難しく、苦慮していた。

中国相声の現代史をこうして振り返ってみると、郭の批判する相声の問題点はすべて中国建国いらいの当局の相声政策に起因することがわかるであろう。郭は表向き相声の現状と主流派批判を声高に叫んでいるが、本心ではむしろ当局の相声政策こそ否定しなければならない“最大のガン”だと考えているに違いない。「中国相声の時計の針を巻き戻し、中国相声を1949年以前に戻せ。建国以後の当局の相声政策は全て誤りであった」とストレートにいったほうが郭らしいと思うのだが、いかに横紙破りの郭にしてもそんな“あぶない”ことはさすがにためらわれたのであろう。

<郭徳綱は“個体戸”芸人>

最後に相声界主流派と郭徳綱の経済的身分の相違について簡単に触れておこう。主流派の芸人たちは先に述べたようにいずれも共産党や国家の機関や組織、団体に所属し専属芸人として活動しており、極端な言い方をすると相声が上手くても下手でも、人気があってもなくても月給を支給され、住居も与えられており生活はいちおう安定している。

だが郭徳綱はこれとは全く異なる環境の中で生活している。 郭は“個体戸”、“個体戸”芸人なのであ。“個体戸”とは民間の私企業、個人経営の企業体、自営業者のこと。1980年代初めごろ登場した。1978年以来進められている中国の改革開放政策の一環、資本主義化に伴う現象である。わかりやすくいえば主流派は社会主義の計画経済の枠内で活動し、郭は資本主義の市場経済の中で活動しているということになろう。わが国のような資本主義経済の中で自営業者として生活しているのだから、郭は共産党や政府から一切経済的支援を受けることはできない。生活費はもとより必要な経費は全部自分で稼がなければならない。相声芸人として生きていくには相声を聴いてもらわなければならない。つまらない相声では誰も聴きに来ない。いつも面白い相声を語らなければならない。しかも共産党や政府の肩書きがものをいう中国で民間の“個体戸”は何かにつけて差別されるから“個体戸”はつらいのである。そのような厳しい状況のなかで郭はいま奮闘努力している。相声ファンの筆者としては応援しないわけにはいかないではないか。

*中国相声について詳しくは戸張東夫『中国のお笑い―伝統話芸“相声”の魅力』(大修館書店、2012年12月)を参照されたい。


《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》前回  
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》次回
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》の記事一覧

タグ

全部見る