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第517回 元国連大使の若者への温かな忠言 伊藤努

第517回 元国連大使の若者への温かな忠言 伊藤努

第517回 元国連大使の若者への温かな忠言

国連大使などを歴任された元外交官の谷口誠さん(89)とは、大学時代の恩師である故中嶋嶺雄先生(元東京外国語大学学長、元国際教養大学理事長兼学長)の追悼集に寄稿をお願いしたのをきっかけに面識を得させていただいたが、それ以来、いろいろなご縁があってさまざまな講演会や有識者の会合などでお会いする機会が増えている。最近も、筆者が講演会などの準備でお手伝いしているある私立大学系研究機関の定例研究会で谷口さんがメインの特別講演を行うということで駆け付けた。

講演のテーマは、「グローバリゼーションの下での世界経済の現状と2060年に向けての未来予測」というもので、谷口さんが外交官時代に出向経験があるパリに本部を構える経済協力開発機構(OECD)のエコノミスト予測を引用しながら、40年後の国際情勢を大胆に占い、「世界最大の経済大国はなんとインドとなっており、2位は中国、3位は米国で、果たして日本はどのような地位、役割に甘んじているだろうか」という大変興味深い内容だった。本欄はこの講演紹介が目的ではないので、内容の紹介は省かせていただくが、谷口さんは講演の中で、世界各地の在外公館の駐在以外にも、若い頃のタイの首都バンコクにある国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)への出向や先進国クラブと呼ばれるパリのOECDでの事務次長としての勤務、国連大使としての外交活動などの経験を振り返りながら、国際機関に長く身を置き、他流試合を行うことの多かった外交官生活が大変有益だったことを強調されていた。

1時間余りにわたる講演が終わり、質疑応答の時間となったが、会場にいた商社OBといった年配の方々の質問が一巡すると、軽装姿の若者が手を挙げて、司会者から指名を受けた。東京大の教養学部で学んでいると簡単に自己紹介したその学生は、海外で他流試合を重ねる外交官生活を送った谷口さんへの尊敬の念を示しながら、自分たちのような若者は今後どのような気持ちで人生に立ち向かうべきか、アドバイスをお願いしたいと質問内容を語った。

谷口さんは国際機関への出向経験の利点として、外務省本省でのさまざまな部署での勤務と比べながら、前者の場合は後者以上に自分の意見をしっかりと持ち、それをさまざまな国籍の同僚に主張し、議論をしていく必要に迫られるため、それによって人間力が高まったことを改めて強調し、感受性が豊かな若い時期にこそ海外に飛び出し、異文化の中でさまざまな経験を積むことの大切さを力説されていた。

そう言えば、生粋の大学人で現代中国論の第一人者であった恩師の中嶋嶺雄先生と、国連大使などを歴任された外交官OBの谷口誠さんはそれぞれ、秋田にある公立大学法人・国際教養大学、岩手にある岩手県立大学の学長として、親しいお付き合いが始まったことを思い起こした。谷口さんも10年ほど前までは地方大学の学長として若い学生たちの学びの場にいたのであり、講演会場で質問した東京大の学生の将来への期待や不安はよく理解できる立場の教育者でもあった。

ご高齢の谷口さんは小柄だが、大学時代には柔道部に在籍し、長じてからは趣味の声楽に磨きをかけ、声がかかればイタリアの歌曲オーソレミヨを朗々と歌うことでも知られている。講演でもマイクが必要ないほどに声が大きく、文武両道を極めた老外交官のいまだに衰えぬ気概に触れる忘れがたい機会となった。

 

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