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第1回 強制と協調を並存させる大国外交 加茂具樹

第1回 強制と協調を並存させる大国外交 加茂具樹

第1回 強制と協調を並存させる大国外交

いま中国は、自らの外交を「中国の特色ある大国外交」と定義し、「大国」意識を明確に示している。「大国」とは何か。習近平指導部は、公式には「大国」を「Major Country」と訳している(1) 。共産党中央宣伝部が編集した書籍は、「大国」を「世界の平和の問題に影響力をあたえる決定的な力(大国是影響世界和平的決定性力量)」と定義している(2) 。中国がどの様にMajor Countryとして行動するのか、どの様に「力量(power)」を発揮するのか、国際社会が注目している。

中国の「大国」外交には「強制」と「協調」の相反する行動が並存している。日本は、こうした中国に極めて間近な距離で向き合っている。日本は強制と共存する大国外交を理解する必要がある。

Ⅰ.強制と協調の並存

「強制」の行動とは、自らの利益を相手に受け入れさせようとする対外行動である。例えば、5月8日に中国海警の船舶が尖閣諸島の領海に侵入し、操業していた日本の漁船を追尾した行動が「強制」である(3)。当時、付近には海上保安庁の巡視船が警備活動をしていたことから、同海域は緊張した。

尖閣諸島周辺海域をはじめ、日本周辺の空域や海域、さらには南シナ海や台湾海峡における中国の行動からは、主権と安全をめぐる問題において、自らの利益を相手に強制しようとする意志を読み取ることができる。日本に対して中国は、「力」にもとづく「強制」の行動を常態化させている。日本の漁船を尖閣諸島領海域で追跡、監視したのは今回が初めてではなく、2008年12月にはじまる一貫した活動である。

中国は、日本に対して力にもとづく「強制」の行動を選択する一方で、「協調」という行動も選択する。日本は5月8日の事案に関して中国に厳重抗議した。これに対して中国は自らの行動の正当性を主張し、日本の妨害行為の再発防止と「魚釣島(尖閣諸島の中国側の呼称)問題において「新たな騒ぎを起こさない」よう「厳粛な申し入れ」を行った。この一方で中国は、新型コロナウイルス感染症にかんする国際的な対処をおこなうために両国の友好協力関係を発展させる必要があるとも発言していた(4)。互いに手を携えて感染症対策に取り組み、健全な日中関係の推進をはかろうというメッセージを、中国は様々な媒体をつうじて日本に発信している(5)。

日本が「強制」と「協調」が並存する中国の行動に接するのは、今回がはじめてではない。
現指導部が発足して間もない2013年10月、周辺外交活動座談会と題する会議が開催された(6)。この会議は、周辺諸国との関係を深め、友好関係を確かなものにして、相互利益につながる協力を推進させてゆくべき、という方針を確認した。しかし、この1ヶ月後の11月、中国国防部は「東シナ海防空識別区」を設置したと発表した(7)。当該空域を飛行する飛行機に対して中国国防部の定める規則にしたがわなくてはならない、と要求したのである。

2018年10月、安倍晋三首相は中国を訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行った(8)。この会談で習近平は、日中間で「建設的な安保関係をつくる(構建建設性的双辺安全関係)」ことを提案したと『人民日報』が報じた。この表現は、その後も同年12月末に中国外交部報道官の定例記者会見でも言及されていた(9)。国交正常化以降、中国側が「建設性的双辺安全関係」という言葉を使ったのは初めてであり、どの様な思惑でこの言葉を提起したのかは明らかではない。しかし、この安倍首相の訪中を契機とするように、尖閣諸島周辺の領海に中国公船が侵入する回数と隻数は減少し、2018年12月には領海侵入隻数はゼロになった。月別統計で「ゼロ」になったのは、2012年9月以来、初めてのことであった。ところが、2019年1月には、一転して、侵入隻数が急増した。


Ⅱ.なぜ「強制」なのか、なぜ「協調」なのか

なぜ中国が「強制」の行動を選択するのか。なぜ「協調」の行動を選択するのか。それぞれについて、「強制」と「協調」のそれぞれの行動について、説明はそれほど難しくない。

なぜ中国は日本に対して「強制」の行動を選択するのか。例えば、新型コロナウイルス感染症への対応に全力を注いでいる日本の関心の間隙を縫うように、既成事実を積み上げようとしているからだ、という説明ができるかもしれない。あるいは、新型コロナウイルス感染症の蔓延拡大によって中国経済は失速し、深刻化する就業問題に対する国内の関心を外に向けてそらすためである、という説明もできよう。また、5月8日の中国海警の行動を指導部の意志(中央の決定)と捉えるのではなく、中国海警の日常の行動(現場の判断)にすぎないとの説明も可能である。

なぜ中国は日本に対して「協調」の行動を選択するのか。不安定化する対米関係とバランスを取るために安定した近隣諸国との関係を必要としているから、という説明ができるかもしれない。2014年11月、日中両国政府のあいだで「日中関係の改善に向けた話し合い」が実現して以来、中国政府は一貫して対日関係の改善を欲していた。そのために習国家主席の日本訪問の実現を中国側は期待していた。新型コロナウイルス感染症問題が深刻化していた今年1月、習近平国家主席が国交樹立70年を迎えたミャンマーを訪問していたように、この春の中国外交の主要課題は、対米関係への対応とともに、近隣諸国との安定した関係の構築にあった。

また、日本に対して感染症対策で協力しようと訴えるのは、習近平指導部がすすめる外交の政治目標である「人類運命共同体」の構築を、感染症対策の協力をつうじて実現させるためだ、という説明もできる。指導部が推進してきた「中国の特色ある大国外交」において、日本は欠けていたパズルのピースであった。日本は「一帯一路」や「人類運命共同体」の構築に支持を表明していない。対日関係の改善をつうじて、画竜点睛を欠いていた習近平外交を完成させることは、2021年の中国共産党第20回全国代表大会を前にして、現指導部にとっての重要な政治課題であったといえよう。

Ⅲ.なぜ「強制」と「協調」は並存するのか

しかし、なぜ中国外交に「強制」と「協調」という相反する概念が並存するのか。この問いに対する説明は難しい。

例えば、指導部そして習近平が掲げる政治目標が多様だから、という仮説が成り立つかもしれない。「中国の特色ある大国外交」という習近平外交は、「国内の大局」と「国際の大局」という「二つの大局」について、「統一と調和を図る」ことを要求している。

習近平の言葉によれば、「国内の大局」とは国内政治としての要求であり、中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を実現することである。そして「国際の大局」とは対外関係における要求であり、「中国の夢」の実現に不可欠な、改革と発展と安定にとって必要となる良好な国際環境をつくりあげ、同時に、国家の主権と安全と発展の利益を守り、世界の平和と安定を守り、共同の発展を守る、ことである。これを素直に読めば、「国際の大局」という政治目標を実現するために中国外交には、平和な国際環境の構築という「協調」の行動と、自らの利益を相手に「強制」する行動が埋め込まれていることがわかる。そのため、国際社会は中国外交に「強制」と「協調」の行動をしばしば見るのである。

別の考え方もある。中国外交に「強制」と「協調」という相反する概念が並存する理由を、習近平の行動にもとめる仮説も成り立つだろう。つまり、状況に応じて「強制」と「協調」の行動を選択し、選択した方向に指導部内の合意を形成して、中国外交を動かす核心的役割を担うのは習近平だ、という考え方である。そして「強制」と「協調」の選択に矛盾が大きく見える場合、習近平が指導部内の合意形成の役割を発揮できていない、という説明ができるかもしれない。習近平の政治的権威、習近平指導部の政治的基盤の実態が問われる。

しかし、政治過程を段階的に捉える考え方で理解するのであれば、中国指導部や習近平の選好だけで中国外交を説明することに限界があることは明らかである。外交にかかる政治過程の各段階(政策課題の設定、政策形成、政策決定、政策実施、政策評価)に働く、国内政治の行為主体(アクター)間の相互作用への理解が必要である。中国外交を理解するためには、国内のどの様な行為主体が、なぜ、そしてどの様な動機によって政治過程に影響をあたえているのかという、中国の対外行動に影響をあたえる国内要因、すなわち中国政治への理解が必要になる。

本コラムは、中国外交を理解するために、中国政治を展望(perspective)してみたい。


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(1) “China’s Diplomacy Must Befit Its Major-Country Status, November 28, 2014,” Xi JingPing, The Governance of China II, Beijing: Foreign Languages Press, 2017, pp.479-483
(2) 中共中央宣伝部『習近平総書記系列重要講話読本』学習出版社、人民出版社、2014年、149頁。
(3) 「中国船が領海侵入 日本漁船を追尾 尖閣周辺で」『日本経済新聞』2020年5月9日。
(4) 「2020年5月11日外交部発言人趙立堅主持例行記者会(2020年5月11日)」『外交部』https://www.fmprc.gov.cn/web/wjdt_674879/fyrbt_674889/t1777931.shtml
(5) 高洪:中日携手抗疫為健康中日関係賦能(2020年5月13日)『中国社会科学院日本研究所』https://mp.weixin.qq.com/s/8a20kHELFbT-TkqM4_DuEg
(6) 「習近平在周辺外交工作座談会上発表重要講話」『人民日報』2013年10月26日。
(7) 「中華人民共和国東海防空識別区航空器識別規則公告(2013年11月23日)」『中華人民共和国中央人民政府』http://www.gov.cn/jrzg/2013-11/23/content_2533101.htm
(8) 「習近平会見日本首相安倍晋三」『人民日報』2018年10月27日。
(9) 「2018年12月26日外交部発言人華春瑩主持例行記者会(2018年12月26日)」『外交部』https://www.fmprc.gov.cn/web/wjdt_674879/fyrbt_674889/t1625074.shtml

 

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