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華南・大湾区経済圏の中心は「深圳」に移行か、「香港」は金融サポートの補完都市に(下) 日暮高則

華南・大湾区経済圏の中心は「深圳」に移行か、「香港」は金融サポートの補完都市に(下) 日暮高則

華南・大湾区経済圏の中心は「深圳」に移行か、「香港」は金融サポートの補完都市に(下)



<二制度完全崩壊の兆候?>

筆者がいた1990年代、香港新界(ニューテリトリー)の東北端に「沙頭角」というところがあり、鉄柵に囲まれた謎の地区だった。近くまで行ったことがあるが、道路上のゲートは閉ざされ、その上には「一般香港人、外国人は進入禁止」の看板が掲げられていた。沙頭角の住民だけは証明書なしに大陸への自由な出入りが許されており、ここに一般香港人が入ると羅湖、落馬洲などの香港・大陸間イミグレーション(出入境審査所)の意味がなくなるというのが理由であったようだ。その沙頭角が「一地両検(1カ所で大陸、香港双方の入境審査を行う)」の形で住民以外の立ち入りも自由になるとのニュースが昨年末、流れてきた。

深圳河(沙頭角河)の境界線を挟んだ対岸には中国最大級の輸出入拠点である深圳市の塩田港があり、同港を有効活用するには香港・沙頭角の開発も欠かせないとの判断が広東省、香港両サイドから出たのであろう。ただ、一地両検の簡単な審査によって境界線はあいまいとなり、沙頭角は事実上、塩田港の一部となって深圳市の支配下に置かれることは間違いない。また、一地両検の動きは香港・大陸間にある他の入境検査所にも影響を与え、両地往来の自由度が増し、二地域を隔てる垣根が徐々に低くなっていくことを意味しよう。

これも筆者がいたころの話。香港人は普段大陸内の広東語とも違う香港風カントニーズを話すことで、「われわれは特別な香港人。大陸とは違う」という一種の矜持を持っていた。だから、大陸から来る観光客、ビジネスマンが共通中国語(普通話と言う)で話すと、何か見下した様子させ見せていた。ところが、大陸の経済が強くなり、それに伴い大陸の企業が数多く香港に進出してきたことで、香港人であってもビジネス上普通話を使わざるを得なくなった。香港の役人も返還前は宗主国英国に顔を向け、英語を公用語としていたが、「一国二制度」になって徐々に普通話を用いるようになった。

学校教育でも、返還後普通話学習が必修となった。ただし、日常会話はカントニーズであり、普通話の授業も一週1時間程度、あくまで「第2外国語」の扱いだった。地元の中国系週刊誌「亜州週刊」はコラムで、「香港の普通話普及はまだ足踏み状態。香港政府が熱心でないからだ」と嘆いている。返還後、香港人家庭では、子弟を英語中心に学ばせるか、普通話中心にするかで大いなる悩みがあったと聞く。北京政府は大陸との一体化を図るため普通話教育を推進しているが、地元にはまだ抵抗がある。それは、大陸人との差別化を図りたいという香港人の“特別な感情”があるほかに、国際共通語としての英語に対する未練があるからだ。さらに職業レベルの話をすれば、普通話教育に突然切り替わると、広東語しか分からない地元の教員、英語指導をしてきた教師が一斉に失職してしまう恐れもあるためだ。

それでも、北京の意向を受けた特別区政府は、政治的なインフラストラクチャーの構築として「香港で普通話を進めるプロジェクト」を断固進めていく方針だ。公務員は今後、公式の場では普通話を使うことが義務付けられ、公務員の昇進判定では普通話の能力が問われるようになる。司法試験や大学の入学試験でも普通話の水準が測られ、卒業時には普通話の検定試験まで課される。香港で教師資格を取る場合は、普通話が話せることが必須となる。これまで香港人は「広東語だって中国語じゃないか」と言って遠回しに普通話の普及に抵抗を示してきたが、今後はその言い訳は利かない。これにより、香港では英語が廃れ、広東語もマイナー化し、普通話がますますコマン・ラングエッジ(共通言語)化していく。

健全な社会の形成のためには、政府に批判的なジャーナリズムの存在は欠かせないが、残念ながら、香港政府は「国家安全維持法」を受けて、そうしたメディアを次々につぶしていった。エポックメーキングだったのは、2021年6月24日に、反体制活動家ジミー・ライ(黎智英)氏が経営していた「蘋果日報(リンゴ日報)」が廃刊に追い込まれ、ライ氏ら幹部も逮捕されたこと。ライ氏はもともと「ジョルダーノ」というアパレルチェーン店の経営者だったが、返還の2年前に同紙を創業した。これは、返還後の香港の行く末をしっかりと見守っていくとの強い意志があったからであろう。一時香港で、歴史ある「東方日報」に次いで第2位の売り上げを誇ったが、26年で幕となった。ただ、蘋果日報は台湾でも発刊され、こちらは継続されており、台湾から香港政治、社会動向の監視をしている。

2021年12月30日、民主派系メディアの一つ「立場新聞(スタンド・ニュース)も警察の強制捜査を受けて幹部が逮捕されたため、「業務停止」を宣言した。特別区政府の李家超政務長官は「政治的な目的を追求するために、メディア活動を利用する者、国家の安全を脅かす犯罪を起こそうとする者は、報道の自由を損なう悪しき存在だ」などと言って強制捜査を正当化した。この始末を見たインターネットメディア「衆新聞」は強制捜査を受ける前に、今年1月3日、運営を停止した。ベテラン記者が中国政治などについて冷静に分析した記事を掲載するメディアであり、扇動的なところなどなかった。このため、さすがに親中国系の「亜州週刊」もコラムで、このメディアの廃止を嘆き、「香港は誰も物言わぬ状態になった。一言堂(共産党の声)が存在するだけで、反対意見のない都市、メディアが抑圧される暗黒の時代に陥ってしまった」と苦言を呈した。

<香港の現状と発展の未来像>

中国政府は今、深圳市福田区にある上梅林区に次世代の情報技術、最先端技術、生物医薬開発の企業の集積を図り、「5G産業モデル地区」を造る計画を持っている。これは、香港・マカオ・広州という3つの都市を結びつけ発展させる「大湾区建設」プロジェクトの一環である。香港が深圳の5G産業モデル地区にどう関わるかと言えば、それは金融方面での貢献だ。中国の国有銀行と香港のシンクタンクがバックになった「一国二制度研究センター」は「「香港-未来の国際金融センターに向けて」と題した報告書の中で、香港の役割について、①オフショア人民元市場の確固たる位置付け、②ESG(環境、社会、企業ガバナンス)を重視した投資の枠組みを作る、③デジタル資産の交易、管理センターを作る-と提言している。

その香港の現在は、大陸と同様に「ゼロコロナ」対策を徹底している。もともと観光消費型の都市であるから、外からの出入り禁止の影響は計り知れない。地元紙「信報」によれば、今年1、2月で域内飲食店の損失額は80億香港ドルに達する見込み。この不景気によって3月から1カ月当たり500軒以上の飲食店舗がつぶれ、この業種での失業率は1月の5・9%から8-9%に上昇するのではないかと言われている。ネオンが煌々と輝く夜の歓楽街が売りである香港で、午後8時までに営業時間を区切れば消費低下は目に見えている。問題は、コロナ禍明けの予測だが、国安法の存在が世界的に知られてしまい、「自由で開放的な都市」というイメージが損なわれている。大陸からはともかく、諸外国からの観光客は二の足を踏むのではないか。

厳格な出入境規制によって有能な人材が香港に入れなくなっているため、金融都市としての香港の地位も揺らいでいる。米ウォールストリート・ジャーナル紙が米国の現地商工会議所の情報として伝えたところによれば、会議所加盟企業の4割が香港を離れる意向か、その準備を進めているという。であれば、それだけ域内に限っては資金需要も減少していくだろう。国際通貨基金(IMF)が1月20日に発表した香港に関する報告によると、2022年の香港実質成長率は、昨年の6・4%増を大きく下回って3%程度にとどまるという。これはコロナ禍の影響が多分にあり、必ずしも香港だけの問題ではないが、観光消費の都市であれば、それだけ景気への波及度は高い。

前述のように中国の華南地域の経済発展は今後、深圳が中心となる。香港は2019年にあった民主派の激しい抗議行動と当局の弾圧でイメージダウンしており、中国当局は香港をこの地域の中心都市に据える考えは薄れてきているようだ。香港のベテラン投資家で作家でもある蕭少滔(アレックス・シュー)氏が大陸で出回っている情報として明らかにところでは、北京指導部内には、近い将来「香港」の名称を使わず「南深圳」という呼称に変えようという考えもあるそうだ。香港が深圳の“後背地”であることを強調して、深圳市政府が発行する債券を香港の国際金融機関に買い取らせ、深圳の経済発展に貢献させるという狙いがあるという。国際都市・香港の過去の栄光は消えつつあるようだ。

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