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第29回 古刹で名を馳せる順川の山 曹渓山 森正哲央

第29回 古刹で名を馳せる順川の山 曹渓山 森正哲央

第29回 古刹で名を馳せる順川の山 曹渓山

全羅南道順川市の西部に位置する曹渓山は、西麓の松広寺と、東麓の仙岩寺の古刹で名高い。松広寺は、曹渓宗開祖の普照国師・知訥(1158~1210)ら16人の国師(僧の位の一つ)を輩出した寺で、法宝寺の海印寺(慶尚南道陜川)、仏宝寺の通度寺(同梁山市)とともに三宝寺刹と呼ばれている。一方、仙岩寺は多くの禅僧を輩出した太古宗の本山で、アーチ型の昇仙橋や三層石塔など多くの文化財を有す。

曹渓山は、南へ流れる帳幕谷の渓谷を境に、将軍峰(887m)を主峰とした東側を曹渓山、蓮山峰(851m)を中心とした西側を松広山とも呼ぶ。1979年には道立公園に指定された。なだらかで歩きやすく、ハイキングや、家族連れで登るのに適している。

山道の一部はトレッキングコース「南道三百里(千年仏心)の道」として整備されており、稜線に上がらず峠を越え、東西の両古刹を結ぶ散策路も人気がある。今回は西の松広寺から、蓮山峰、将軍峰を経て仙岩寺側へと抜けてみた。山自体は大きな特徴があるわけではないが広い展望も得られ、生態公園となっている順川湾、李朝時代の邑城・楽安邑城など、周辺の観光地と含めて、日程を組むと良さそうだ。   

順川市街から松広寺までは路線バスで1時間20分。昇州、倉村を過ぎ松永面に入ると右手には住岩湖が現れる。冬の朝、旅館や食堂が並ぶ駐車場はひっそりと静まりかえっていた。肌に清涼な空気を感じながら約1キロの参道に導かれて松広寺の境内へ。

新羅末に慧璘禅師によって創建された松広寺は、創建当時は松広山吉祥寺という小寺だったが、高麗時代に普照国師・知訥が道場を開き発展した。文禄・慶長の役や、朝鮮戦争で大雄殿など主な建物が焼失したが、80年代に再建されている。

「曹渓山大乗禅宗松広寺」と懸額のかかる曹渓門をくぐり中へ。清流の上に立つ羽化閣が、周囲の風景と調和して美しい。高僧を生んだ伝統は今も健在か、鋭い顔つきの若い修行僧とすれ違った。

松広寺から竹林を抜け、ホン谷の奥へと進むと漱石亭三叉路にでる。左折して橋を渡ると樹間の山道になる。右へ行くと南の天子庵へ通じる。天子庵は、天子庵峰(755m)南麓にあり、天然記念物に指定された樹齢約700年のビャクシン(ヒノキ科)で有名とのこと。

暫く進むとトタリ三叉路にでるが、ここは右へ。勾配がきつくなり、約1時間で松広クルモク峠(720m)につく。ベンチで一休みしたら、左折して明るい尾根道を登る。山に登らない人は直進して、キッテ峰(695m)下の大クルモク峠を経て仙岩寺へ抜けるとよい。

仙岩寺までは約4キロ。峠から35分、ツツジ群生地を抜け、日当たりのよい蓮山峰の山頂についた。ヘリポートとなっており、帳幕谷を囲むようにつらなる山並みが一望できる。後からきた男性は汗を拭うと、蜜柑やスルメを並べて熱心にお祈りを始めた。

蓮山峰からは将軍峰までは、半円を描くように尾根を縦走する。カシワ、ミズナラ、クヌギなどの明るい道で、ところどころ下生えのササが濃い。将軍峰も展望には恵まれ、東南方向を望むと、昇平湖の先に順天湾、光陽湾にかかる李舜臣大橋の橋脚まではっきり確認できた。東には光陽市の鎮山、白雲山(1218m)の稜線が南北に延びている。

将軍峰から大覚庵へ向けて急下降する。大覚庵を過ぎると舗装路となり、さらに数百mで仙岩寺につく。仙岩寺は、百済時代に阿道和尚によって創建されたが、その当時は、裏山を清涼山と呼んだ。その後、道詵国師によって改築された際に曹渓山と改称したといわれている。

境内には三層石塔をはじめ、多くの仏殿や石塔があるが、木造の解憂所(トイレ)が情趣に富んでいた。春には樹齢400年を超える梅が見事に咲く。仙岩寺川沿いの砂利道を歩くこと1・4キロで、駐車場につく。途中には、仙女が舞い降りたと伝わる降仙楼、曲線が美しい石造りのアーチ橋・昇仙橋を通り過ぎる。

光案内所を訪ねると、日本語ができる女性がいて、親切に対応してくれる。夫婦で一緒にボランティア・ガイドをしているのだという。順川市街の自宅へ戻るというので、車に同乗させてもらった。作家の趙廷来(1943~)が仙岩寺で生まれたこと、彼の代表作『太白山脈』を読むと、この地域の歴史がよくわかることなど伺い、また一つ貴重な旅の思い出となった。 

●アクセス(バス)
・順川市街~松広寺 63番バス・一日4本。順川駅から乗車可能。
・順川市街~松広寺 111番バス・一日21本。順川駅や総合バスターミナル前から乗車。60分所要。

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