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上海の都市封鎖は現代の「チャーズ」、断固遂行を指示する習主席の狙いは何か(下) 日暮高則

上海の都市封鎖は現代の「チャーズ」、断固遂行を指示する習主席の狙いは何か(下) 日暮高則

上海の都市封鎖は現代の「チャーズ」、断固遂行を指示する習主席の狙いは何か(下)

 

<ゼロコロナ政策のコスト>

一時は武漢の完全都市封鎖でコロナを抑制したと見られていた中国で、なぜ再びこれほど感染が拡大したのか。その最大の原因はワクチンの接種率が低いことにあるようだ。80歳以上で約4割、60-79歳の2割近くが一度もワクチンを受けていないという。老人の接種率が低いのは、中国では勤労者優先であったからのようだ。2つ目の原因はワクチンの有効性の低さだ。シノファーム、シノバックという2つの中国製ワクチンは欧米製に先立ちいち早く創られ、友好外交の”手土産“として東南アジア、中東、アフリカの発展途上国に配られた。だが、その後欧米製に比べ徐々に接種効果が劣ることが分かってきた。そのため、欧米製がかなり普及した昨今、発展途上国などから中国へのワクチンの無心はないし、海外に出られる中国人は欧米製を打ち直すケースも見られるという。中国は今後、自国製ワクチンのレベルアップと再接種を進めなければならないが、そのコストは馬鹿にならない。

 

PCR検査などに当たる白衛兵の日当は2000人民元。暑い時期に全身防護服にくるまれるのは楽ではないが、農民工にしてみれば割の良いアルバイトである。上海のある地区では、医師、看護師資格を持つ人に月額2万元の報酬が支払われているという。上海証券のネット情報によれば、北京、上海、杭州、寧波などでは厳重なPCR検査が実施されているという。中国全体で少なくとも75万カ所の検査所が設けられ、検査人員は100万人以上になる。公共事業として実施する場合、その検査所数から見積もって地方政府は相当な出費を強いられる。そのため、米系メディアでは「ゼロコロナが現在、中国で唯一の成長産業を創り出している」などという皮肉な書き方もされている。

 

米系華文メディアが東呉証券首席アナリスト、陶川氏の報告書として明らかにしたところによれば、中国当局が一、二線級の都市で恒常的にPCR検査を実施しているため、このコストは1年間で1兆7000億元に達するという。この額は2021年の中国の軍事費1兆3700億元を上回り、同年の中国名目GDP(国内総生産)の1・5%に相当するという。別のエコノミストの見方では、恒常的なPCR検査の実施でGDPの1・8%の損失があるという。また、一回のPCR検査のコストを20元と見積って毎日7割の人口を相手に実施すれば、必要額は中国財政支出の8・4%に相当するという。上海市の2021年の域内総生産は4兆3200億元だが、ロックダウンの継続で毎月平均2割程度の損失を招くという。

 

WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は5月10日の記者会見で、「オミクロン株の変種化が速く、しかも空気感染であるため、ゼロコロナでの防止対策は無理。われわれは中国の専門家との会合でこのことを伝えてある」と語った。だが、WHOの指摘に対し、中国当局は聞く耳を持たない。外交部の趙立堅報道官は記者会見の場で、「WHO関係者は客観理性的視点で中国の防止対策を見てほしい。無責任な言論は要らない」と批判した。政府寄りの意見を意図的にSNSなどに流す“五毛党集団”からは「我が国のコロナ防止政策を否定するのは許さない。WHOを打倒せよ」などの猛反発も出ている。そして、とうとう中国のSNS「微博」のネット検索では、「テドロス」と入れると「関係情報は見当たらない」と無視の表示まで出るようになった。

 

国家衛生健康委員会の専門家チームの座長で、感染症研究の権威である鐘南山医師は「ゼロコロナを長期的に継続させることはできない」と強調、人民日報傘下の国際紙「環球時報」の胡錫進前総編集もSNS上で、「経済的な損失を覚悟しなければならない限り、ゼロコロナ政策は無理」との意見を開陳した。彼らは党・政府内の人たちであり、現時点では至極真っ当な考え方と思われるが、これらの意見も異端だとして即座に削除される。ウクライナへの軍事侵攻で、ロシアを批判するような意見がSNSサイトに出ると、即削除されるように、ゼロコロナ対策での都市の完全封鎖も習近平指導部の断固とした考え方であるため、党中央宣伝部はそうしたトップの意向に逆らえないようだ。

 

2カ月近くも続くゼロコロナ対策の抑圧生活で、うんざりした中国人は国外脱出を考えるようになってきた。検索サイト「百度」「微信」では最近、「移民」というワードを引く人が増えているという。上海、江蘇、広東、北京、山東、浙江など大都市、沿岸各省住民の検索ぶりが目立つ。特に、上海市では完全封鎖が始まったことで、3月の「移民」検索数は2倍以上に達した。行き先としてはマレーシアなど東南アジアやカナダを考えている人が多いようだ。金持ちが多いだけに、当面一時避難的に海外に出たいとの意向なのであろうが、場合によっては海外永住も視野に入れているのかも知れない。

 

上海市当局は5月16日から、時間制限を設けながらも外出を許す緩和策に出たが、これによって実際に「逃走熱」が起きた。たまたま上海に出稼ぎに来て足止めを食らった地方出身者は当然だが、もともとの市民でも「今後いつまで監禁生活が続くか分からない」との不安から、上海を離れたいと思う人が増え、新幹線始発駅である紅橋駅に殺到した。雨天にもかかわらず、乗車券売り場には大勢の行列ができ、実際に1万3000人が列車に乗って同市を離れた。乗車券が買いにくくなったため、ダフ屋が出て正規料金の5倍の値段で取引されている。それでも脱出希望者は後を絶たず、乗車券を奪い合っているという。

 

<第2の上海恐れる北京>

上海の“感染波”は同じ大都市の北京にも飛び火した。中心街の朝陽区や学生が多い海淀区で多くの感染例が見られた。このため、北京市政府は4月25日、「朝陽区のPCR検査での陽性数から見て検査範囲の拡大が必要」として、市内16の区のうち12区の市民に対し、26日-30日の5日間に3回PCR検査を受けるよう求めた。感染が広がった一部の地区はロックダウンが実施され始めた。バス、地下鉄の公共交通機関が部分的に運転停止となり、商店、病院なども閉めるところが出てきた。上海の厳しい封鎖状態をニュースで知った市民は、「北京もやがて上海の二の舞になる」と恐れ、スーパーなどでの食料の買いだめに走った。市当局は5月12日、「北京ではロックダウンの計画はないので、住民はパニックにならず、食料などの物資の大量買いは止めるように」と沈静化を図ったが、住民側は信用していない。

 

 

大学では封鎖措置が取られた。北京大学、清華大学など名門大学がある海淀区では5月14日、「本日から一律、学生は不進不出(出入り不可)となる」との布告が出された。北京の大学も上海と同様地方出身者が多いが、学内で寮生活を送っている人がこれで外出禁止となり、事実上の監禁状態に置かれた。北京全市のレストランやバーも本格的に営業停止となった。住宅区の一定区域が予告もなしに突然ロックダウン措置が取られた。朝陽、房山、順義区の公共交通はほとんど使用不能となり、90カ所の地下鉄の入り口が閉じられた。公園などの公共の施設、商業施設に出入りする場合は48時間以内のPCR検査証明提示が義務付けられている。

 

北京市ではまだ上海市ほどの感染者数が出ているわけではないが、首都であるだけに当局は「早期発見、早期報告、早期隔離、早期治療」という一段ギアアップした4つの“早期措置”を取ったもようだ。ただ、あまりにも仰々しく、過剰な対応であることから、住民側は「牛刀をもってニワトリを割くようなものだ」と皮肉る一方、「当局の措置はいつも最初に手段が取られ、皆に周知させるべき布告はそのあと。住民に拒否する権利はなく、尊厳も人権も考慮されない」と反発している。

 

<権力闘争へ発展か>

 米系華文メディアによると、中国の党中央政治局常務委員会が5月5日に開催され、習近平主席は「コロナ防止工作は今、逆流の中で舟を進ませるようなもので、進めなければ後退してしまう時期にある」と述べ、断固としてゼロコロナ政策を推進する姿勢を強調した。同じ日、李克強総理は国務院常務会議を開き、「外国貿易企業を支援するため、航空、海上による流通、為替交換、信用貸付などを保護していこう」と述べ、ロックダウンが経済に影響が出ないよう最大限の措置を講じるよう求めた。李総理は4月末以来、3度開かれた国務院関係の会議で「雇用問題を重点にせよ」と呼びかけたが、この中でゼロコロナという言葉を一切使わなかったという。ゼロコロナ政策が経済にマイナス影響を与えているのはだれもが否定できないところで、李総理もこの見方に同調しているもようだ。

 

習主席が昨年、「共同富裕」を打ち出したことで、収益の向上を目指す民間中小企業経営者は向上心と活力を失った。現在は、極端なゼロコロナ政策で工場が稼働できないため、外資系企業が中国を離れつつある。加えてロシアによるウクライナへの軍事侵攻支持を明確にしたことで、対外貿易面で圧力を受け、経済は下降局面に入っている。それに対し、今年、大学など高等教育機関を出て就職する人は1076万人と初めて1000万人の大台を突破する。これらの人材を企業などで吸収しなければならないが、経済の低迷により3月時点の失業率は5・8%までに跳ね上がった。経済運営に責任を持つ李総理にしてみれば、「特に、ゼロコロナによる都市封鎖は経済発展の阻害要因」との思いを持っているのだろう。

 

李総理のこうした思いは、党・政府内で経済方面を担当する幹部、王岐山国家副主席、朱鎔基元総理ら経済通の元中央トップや民間企業家、さらには一部の軍人の支持を受けていると言われる。このため、来年の全人代で職を降りると宣言している李総理は、最後の機会として、自らの信念に基づき、明確に習主席主導の政策に反する考えを打ち出そうとしているようだ。今秋開催の第20回党大会で、習近平氏は国家主席、総書記5年任期の3期目に突入することが有力視されている。それだけに、党大会後も共同富裕、ゼロコロナ政策などで経済低迷が続くようでは長期的な経済発展には好ましくないと考える人たちが「習近平続投反対」の烽火(のろし)を上げることは十分想像できる。

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