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第573回 「定年後人生を語る会」に集った6人組 伊藤努

第573回 「定年後人生を語る会」に集った6人組 伊藤努

第573回 「定年後人生を語る会」に集った6人組

2年半近くに及ぶ新型コロナウイルスの感染が少しずつ収まり、さまざまな行動規制などが緩和された初夏間近の5月下旬の一夜、都心にある名門倶楽部で平均年齢70歳前後の6人の仲間の集まりがあった。新規参加の高校教師ご出身のI先生を含めた筆者の友人・知人の6人のメンバーの共通点をあえて探すとすれば、東南アジアの親日国ベトナムと何らかの関わりがある面々と言えるかもしれない。というのも、この倶楽部の長年の会員で、いつも出会いの場と素晴らしい会食の場を提供してくださる80代半ばと最高齢のHさんが大手製鉄会社を早期退社後の晩年にさまざまな形でベトナムの事業に関わり、それを通じたちょっとした奇縁で面識を得ていった経緯があるためだ。

 

過去10年余りを振り返っても、伝統と格式あるこの倶楽部を会場にして、▽Hさんの長年にわたるベトナムでの見聞や少数民族との交流を綴った書籍の出版記念会、▽ベトナム残留日本兵の父の足跡をたどろうと現地取材を敢行したその娘さんの自主制作映画の上映会、▽多くの困難を抱える在留ベトナム人の同胞を物心ともに支援するベトナム人尼僧を囲む会――など、Hさんの発案・企画による数々のイベントや食事会を開いてきた。メンバーの一人で、テレビ報道記者出身のNさんが現役時代に制作したベトナム戦争時代のホーチミン・ルートのその後を追ったドキュメント番組の上映会は、新型コロナ禍の影響で倶楽部内の上映室が確保できず、延期状態が続いている。

 

やや前置きが長くなったが、ベトナムつながりの中年・高齢の仲間6人が今回集まったのは、このうちの3人が60代前半の定年の時期を迎えたり、定年後の再雇用の形で現役の第一線を退いたりしたため、すでに退職後の年金生活入りしているHさんら残りの3人と一緒に「定年後人生を語り合う」のも一興かと企画した。多くの会社員や公務員が経験することだろうが、定年に伴う離職の受け止め方は人によってさまざまだとはいえ、通勤が不要となり自由な時間を多く手にすることになって、さて、どのように定年後人生を送っていくべきか戸惑う人も少なくあるまい。

 

身近な体験で恐縮だが、筆者より8歳年長の同業の上記のNさんもあるときの飲み会の席で、テレビ局の定年を控え、退社後の人生の不安のようなものを口にされたことがあり、「これまでのアジア各地での貴重な取材体験などを文章にしてみたら…」と勧めたところ、口頭で伝える放送記者から軽妙なコラムやエッセイをものす文筆家に見事変身。後期高齢者となった今も生き生きとしたフリーのジャーナリスト人生を送っておられる。

 

筆者より7、8歳年下の元勤務先の後輩のT君は定年後の再雇用で自由な時間ができたのを幸いとばかり、ベトナム特派員時代に現地で見聞したさまざまな材料を基にして、ベトナムが独立を勝ち取った後の1950年代の対仏武力闘争時の残留日本兵らの現地での後方支援活動や人間模様を描いた小説執筆に精を出していた。

 

定年後人生の良きお手本は何と言っても、古希を過ぎてからベトナム見聞録という連載ルポを毎月1本のペースで報道機関のデジタル媒体に寄稿し、それが60本に達したのを機に、素晴らしいベトナム紹介本を上梓したHさんだ。Hさんが精魂を込めて書き上げた著作の刊行に当たっては、間近にいた筆者が編集面でのサポートをさせていただいたが、ささやかな出版記念会でベトナム現代史研究の第一人者であるT早大教授(当時)から「ベトナムの少数民族を直接取材した貴重な記録であり、学術的な価値は100年生き続ける」と最大限の評価を頂戴し、Hさんもことのほか喜んでおられた。

 

そのような現役時代の手柄話や失敗談などに花を咲かせながら、話題が途切れると、ベトナムに関わる思い出話が次々と出てくるのも、ベトナムつながりの仲間の会合ゆえであろうか。「定年後人生を語る会」を通じ、同じ釜の飯を食べた関係や付き合いのある仲間同士で旧交を温めることの価値を改めて再認識した一夕となった。



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