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〔3〕台湾の英名「Formosa」の公的通用史 小牟田哲彦(作家)

〔3〕台湾の英名「Formosa」の公的通用史 小牟田哲彦(作家)

〔3〕台湾の英名「Formosa」の公的通用史

「台湾」という地名を英文で表記すると、現地読み(中国語読み)をローマ字表記した「Taiwan」となる。中国語圏の地名は、漢字を日本語読みするとローマ字表記まで現地読みと異なるケースが大半だが、「台湾」は日本語で読んでも「たいわん」なので、ローマ字表記、つまり英文であっても日本人にはわかりやすい。現代のみならず、1895年から1945年まで半世紀にわたって台湾を統治した日本の台湾総督府も、英文の正式名称は「The Government General of Taiwan」だった。

ただ、台湾島には、16世紀半ばに欧米人が付けた「Formosa」(フォルモサ)という別称がある。付近を航行していたポルトガル船の船員が、緑に覆われた島を見て「Ilha Formosa」(イリャ・フォルモーザ。「美しい島」という意味)と呼んだことが起源だと言われている。中国語でも、この「Formosa」という名称を意訳した「美麗島」という別称が用いられることがある。とはいえ、あくまでも別称、愛称に過ぎないから、少なくとも現代では、島外からの観光旅行者に向けたPR用の宣伝文などで用いられるのが主な用例といえる。

ところが、日本統治時代の台湾で鉄道事業を手掛けていた台湾総督府交通局の鉄道チケットに、「Formosa」の英文がはっきり印字されている実例がある。画像の寝台券がそれで、「臺灣總督府交通局」の英名が「GOVERNMENT RAILWAYS OF FORMOSA」となっているのがわかる。「TAIWAN」ではなく「FORMOSA」となっている点が目を引く。このチケット自体は未発行の様式だが、チケットの書式は横浜のジャパン・ツーリスト・ビューロー(現在のJTBの前身)で用意されていたらしい。

 

台湾総督府交通局自身は、昭和12(1937)年に東京で刊行された英文の台湾紹介書『Taiwan : A Unique Colonial Record』の巻末の広告で「Taiwan Government Railways」と自称している。一方、日本本土と台湾とを結ぶ旅客航路を運営していた大阪商船の広告には「O.S.K SERVICES ENCIRCLING FORMOSA」(「O.S.K」は大阪商船の略称)との見出しを掲げ、その文中でも台湾島を指す地名は注釈無しで「Formosa」に統一している。同書のタイトルや本文を見ればあくまでも「Taiwan」の呼称が一般的であることに疑いの余地はないが、20世紀前半に、台湾の統治権を持つ日本が欧米向けに発信する英語の文脈においては、台湾をただ「Formosa」とのみ呼ぶ慣行が現代よりもおおらかに実践されていたような雰囲気が読み取れる。

とはいえ、政府機関である「台湾総督府交通局」の英名を、(おそらくは)自社の判断で「FORMOSA」と刷って現地で通用する正式な乗車券(寝台券)として発行した当時のJTB横浜支店は、なかなか大胆な旅行会社だ。「Formosa」の語を券面に刷れば、購入者が南国・台湾への旅行気分をいくらかでもかきたてられる、とでも考えた社員がいたのだろうか。

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