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安倍外交と「自由で開かれたインド太平洋構想」(中) 戸張東夫

安倍外交と「自由で開かれたインド太平洋構想」(中) 戸張東夫

<安倍外交は国際的に高く評価されている>

「安倍は、第2次大戦後の日本で最も成果を上げた首相と言えるだろう。首相在任期間を通じて、日本の国益を追求するために自国の国際的役割を拡大させ、ルール重視の国際秩序を守ろうとしてきた。安倍が目指したのは、アメリカが国際的役割を縮小させることで生じる空白を埋め、不安定化するアジアの安全保障環境に対応することだった。」(グレン・カール、『ニューズウィーク日本版』2020.9.8、26ページ)

「安倍首相は、米国の(トランプ)大統領が自由世界の指導者とみなされなくなった時に立ち上がり、自由世界の指導者の役割を引き受けた。西側諸国の指導者として、ドイツや米国など各地で期待された。これは首相の最大のレガシー(政治遺産)だ。」「自由で開かれたインド太平洋構想を掲げ、インドやオーストラリアなどとの関係強化に成功した。平和を追求し、緊張を緩和するために、イランも訪問した。」(リチャード・アーミテージ米元国務副長官、『読売新聞』9月5日)

「彼の大きな功績の一つは、経済の面でも安全保障の面でも、世界の政治への日本の参画を真に推し進めたことだ。2013年には、首相と共に北大西洋条約機構(NATO)と日本の共同政治宣言に署名した。首相は日本の憲法下で最大限可能な形で、国際的な安保協力をしようとしたと言える。」「今や、日本はNATOにとって最も強力なパートナーの一つだ。」(アナス・フォー・ラスムセンNATO前事務総長、『読売新聞』9月8日)

「安倍首相の功績は、『自由で開かれたインド太平洋』構想を最も早く提唱し、地域と世界に『インド太平洋』という概念を定着させたことだ。インド洋と太平洋の安全保障は連結するという視点や、民主主義国家は協力し合うべきだという主張は正しい。中国の存在が、その理由だ。」「安倍首相は日本の貿易、エネルギー資源輸送のためのインド洋の戦略的重要性を理解し、国民に理解させようとした。」(カンワル・シバル元インド外務次官、『読売新聞』9月10日)

「安倍首相の対中政策は、一言で表現すれば矛盾をはらんでいたものだと言える。中国から見るとプラスとマイナスの要素が混在しており、首相は複雑な人だ。プラス面では、首相は日中間で途絶えていた指導者の往来を復活させようとした。日中関係は双方の努力で『冷』から『温』へと転換した。」「マイナス面は、首相が中国を安全保障上の最大の警戒対象とみなし、日米豪印4か国のネットワークで中国をけん制したことだ。今世紀の日本のどの首相よりも台湾を重視し、(『一つの中国』原則を受け入れない)民進党政権との間で日台関係を発展させた。現在、日中関係は冷え込みつつある。」(劉江永清華大教授、『読売新聞』9月15日)

<我が国の人々の複雑な心境>

このような安倍外交に対する海外の識者のきわめて好意的で高い評価を読むと、いささかくすぐったい思いだが、悪い気はしない。ほめ過ぎではないかと思わないでもないが、「彼の大きな功績の一つは、経済の面でも安全保障の面でも、世界の政治への日本の参画を真に推し進めたことだ」などのコメントは安倍外交の知られざる側面に光を当ててくれる貴重な情報といってよかろう。だが安倍外交に対するこのような評価を我が国の人たちはどのように受け取るのであろうか。すんなり気持ちよく納得してくれる人は多くはないのではなかろうか。

「安倍さんが自分の手で解決して見せると言っていた北朝鮮による日本人拉致問題も北方領土問題も結局解決できなかったし、目下日韓関係を悪化させている旧朝鮮半島出身労働者に対する損害賠償支払い問題も未解決のまま。日韓関係は最悪の状態だ」などの声が出て来ることはまず避けられないであろう。外交には相手があるから、こちらの思い通りにいかないことが少なくないし、こちらが努力しなかったわけではないのである。拉致問題のように万策尽きて米国に丸投げするというのは情けない話だが、あるいは見えない外交努力によってどうやら事態の悪化が避けられたのかも知れない。安倍政権の7年9か月我が国が平和で、安定した生活を送ることができたのも見えない外交努力に多少なりとも支えられていたからだと筆者は考えているのだが。

一方内政面における安倍さんに対する風当たりには相当なものがある。森友学園、加計学園、首相主催の桜を見る会など安倍首相をめぐる疑惑がうやむやになってしまったことに対する国民の怒りはそう簡単に収まるものではない。このような国民感情が安倍外交に対する評価に影響を与えることはやはり避けられまい。内政と外交は別ものだといっても納得してはもらえまい。我が国の人たちは複雑な心境であろう。筆者自身にしてもこれらの疑惑事件に対する首相と政府の対応に怒りを覚えているだけに、安倍外交に対する海外の評価を手放しで受け入れたくないというところがないわけではないのである。


<安倍外交はレガシーを残せなかった>

安倍外交はどちらかというと、受け身、事後処理的な活動が多かったのではあるまいか。西側のリーダーである米国の地盤沈下と米国第一主義、これに伴い米国から離反する国連など国際機関や西欧諸国、台頭する中国による西側世界に対する挑戦、貿易摩擦をはじめとする米中対立、加えて自分勝手で、予測不可能で礼儀知らずのトランプ米大統領の登場と新型コロナウイルスの世界的拡散――安倍外交の活動舞台がこのような状況だったのだから無理もない。国際社会のそこここで無秩序に発生する衝突、矛盾、誤解などに対応し、事態をとにかく沈静化させるという活動に尽力したのではあるまいか。それが時代と国際社会の要請だったのだから、それはそれで意味のある外交活動で非難されるいわれはない。海外の識者もそうした安倍外交を高く評価している。ただこのような外交活動では長年温めてきた構想を実現したり、新たな戦略を打ち出すなど独自の外交活動を展開することは難しい。安倍外交7年9か月のレガシー(政治遺産)を形にして残すことができなかったのはそのためである。しかしこのため安倍さんが長年温めていた「自由で開かれたインド太平洋構想」が米国主導の中国包囲網の一環として輝きを失ってしまったことは残念でならない。



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