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第621回 記憶再生にもなる自己流「物忘れ防止法」 伊藤努

第621回 記憶再生にもなる自己流「物忘れ防止法」 伊藤努

第621回 記憶再生にもなる自己流「物忘れ防止法」

年齢を重ねるにつれ、昔の友人や知人、会社の同僚の名前をすぐには思い出せないなど、ちょっとした物忘れが増えてくるのは多くの人が経験することだろう。ただ、こうした日頃の物忘れやうっかりミスが高齢者に多い認知症の初期症状なのかどうかは素人判断はできないので、普段の生活で少しでも心配や不安があれば、専門医の診察を受けることが必要になってこよう。そんなことを思って、筆者が長年の習慣としている「物忘れのチェックテスト」を兼ねた記憶再生に打ってつけの「ルーチンワーク」(毎日の日課)があるので、ご紹介したい。

<ラジオ番組で聞く「今日は何の日」の書き取り>
それはズバリ、仕事の関係でも聞いているNHKラジオの早朝のニュース番組で毎日の小さなコーナーとなっている「今日(きょう)は何の日」で取り上げられた4つほどの過去の国内外の出来事などを西暦・元号年とともに手元のノートに書き取ることだ。日曜や祝日も含め、毎日取り上げられる出来事は基本的に、19世紀半ばすぎの明治維新以降の古今東西の森羅万象を扱っており、近現代の日本史や世界史で習った事件や自然災害などにとどまらず、その時代、その時代の変わった風俗や多くのスポーツでの大選手の活躍、記録などが紹介され、「雑学好き」には打ってつけの勉強時間でもある。

例えば、この原稿を書いている530日の番組のコーナーでは、▽1946年(昭和21年)=上野のアメ横でヤミ業者摘発などの一斉取り締まり、▽1958年(昭和33年)=戦争犯罪者が収容されていた東京の巣鴨プリズン(刑務所)が閉鎖、服役中の18人が仮出所、▽1972年(昭和47年)=日本赤軍の3人がイスラエルの国際空港で銃乱射、24人を殺害。現場で身柄拘束の岡本公三容疑者は後にレバノンに亡命、▽2008年(平成19年)=大相撲の横綱審議委員会がモンゴル出身力士・白鵬の横綱昇進を承認――の4つの項目が紹介され、何とかノートに書き取った。

2時間前後のラジオのニュース番組時間帯に、正味2-3分のこの定番コーナーは2回放送されるが、2回目分では新たな項目が付け加えられたりすることも多々あり、多い日には紹介される出来事が最大8項目になることもある。男女のアナウンサーが交代で紹介する国内外の出来事の内容や数字などをすべて完全に聞き取れないことがしばしばあるので、2回目に放送されるものを聞いて、ノートに加筆したり、手直ししたりしてなるべく完全にメモ取りすることになる。難しい漢字などが出たりすると、その場はとりあえず平仮名やカタカナにしておき、後で国語辞典で調べることになるが、その前にできるだけ漢字を思い出して書けると、小さな達成感も味わえる。「チェックテスト」と名付けた理由でもある。

他人から見れば、「ご酔狂な!」と思われそうな手作業を毎朝続けることによって、「今日は何の日」で紹介される地名や人名などの固有名詞を正確に筆記できないことがあり、自分の知識不足を思い知るのもひとつの勉強になる。

また、このような短い放送の聞き取りをメモすることによって、事件や出来事が起きた年代に自分がどのようなことをしていたのかを思い出すこともあり、知らず知らずのうちに時代ごとの「わが人生の記憶」の再生装置の役割を果たしてくれる。例えば、先に紹介した530日分の3番目に取り上げられた「1972年の日本赤軍のイスラエルの空港での銃乱射のテロ事件」は、筆者が大学に入学してから間もない時期の国際的な大事件で、日本赤軍というわが国の極左集団がなぜ、日本から遠く離れた中東の地でこのような流血の大惨事を引き起こしたのか、衝撃を持って日本国内に大きく伝えられたことを鮮明に覚えている。

イスラエルとパレスチナの紛争・対立が背景にある国際テロ事件だが、この中東紛争が紆余曲折を経ていまだに続き、昨年10月のイスラム主義組織「ハマス」による大規模なイスラエル領内襲撃事件を引き金に、ハマスが実効支配してきたパレスチナ自治区ガザで激しい戦闘が交わされ、想像を絶する民間の犠牲者が出ていることも中東紛争の現実が大きくは変わっていないことを物語る。

<認知症となった専門医の体験インタビュー>
さて、話を「物忘れが初期症状のひとつといわれる認知症」に戻すと、同じNHKラジオの別の番組で認知症の専門医だった高齢のH医師が長時間のインタビューを受け、「実はボク認知症になったんです」というタイトルで認知症の患者になった貴重な体験を語っていて、その内容が大変興味深かった。何千人という認知症の患者さんを長年にわたり治療し、介護してきたH先生は、超高齢化社会を迎えたわが国で予防や治療が大きな課題となっているこの病気のことを良く知っておられるその道の権威だが、そのような医師でさえ、認知症となってしまうというのはやはり驚きだった。

高齢のH先生が「異変」に気づいたのは、▽「今日は何日で何曜日」かという日付を失念することが増えたこと、▽自宅近くを散歩していたら道に迷って帰れなくなった経験があったこと、▽家族や親せきなど周囲の人間が誰だか判別できなくなってきた――といったことがしばしばわが身に起きたため、同僚の医師の診断を仰いだところ、初期の認知症であることが分かったという。ご自分のことをさらけ出したH先生のインタビューを聞いていて、「今日は何日で何曜日か」あるいは「今日は何の日」という毎朝のラジオ放送内容の聞き取りの励行のおかげで、過去百数十年に及ぶ日本や世界の大きな出来事の内容について、少なくとも大雑把な内容や歴史的文脈は理解できる状態でいる限りは、認知症の予防ということで効果はありそうだ。

H先生のインタビュー番組で、614日が「認知症予防の日」であることを知ったが、認知症の予防ということもさることながら、これまで生きてきた自分の人生の折々の記憶再生の小さな機会とするためにも、ラジオ番組の定番コーナーのメモ書きのルーチンワークを続けていきたいものだ。

 

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