第247回 タイ進出日系企業の地味な人材育成法 伊藤努

第247回 タイ進出日系企業の地味な人材育成法
「ヒヤリ、ハッと」「赤チン災害」「ものづくり教室」―。3つの日本語を並べてみたが、このような言葉からどのようなことを連想されるだろうか。
実は、これらの言葉は、最近取材で出掛けたタイ進出日系企業の自動車部品工場で日本人幹部の方々から聞いて印象に残った、ちょっとしたタイ人従業員向けのスローガンなのである。視察した3社はいずれも1000人以上の現地従業員を抱えながら、日本人の駐在員は5人前後という体制が偶然共通していたが、どの社でも力を入れて取り組んでいるのが、労働災害や工場内の事故を防止することと、ものづくりに従事する労働者の創意工夫への意識向上という点だった。
「ヒヤリ、ハッと」とは、日常の工場内での仕事で、「ヒヤリ」としたり、「ハッと」したりすることがままあるが、「ヒヤリ」「ハッと」の段階で済めば問題はないものの、それを教訓にして大事故を防ごうとする取り組みだ。個人個人の「ヒヤリ」「ハッと」した体験を工場内の労働者の共有する経験として、少しでもそうした事故の芽を事前に摘んでおこうというわけだ。
「赤チン災害」もそれに似た労働事故防止のための用語で、昔懐かしい切り傷の消毒などに使った「赤チン」を塗れば済むような切り傷程度の事故は時々起きるが、それもその程度で済めば幸運というべきで、まかり間違えれば大怪我を負う寸前という危険性もなくはない。そうした「赤チン災害」で済んだ小さな事故の体験の共有も、大事故を防ぐ重要な情報であり、労働災害防止の取り組みのきっかけにはなる。
3番目の「ものづくり教室」は、大手自動車メーカー系列の部品メーカーの工場内の一角にあった子供用おもちゃがたくさん置かれていた施設だった。おもちゃは、さまざまな色付きのブロックで組み立てるトラックや自動車だったり、知恵の輪のような道具だったりしたが、工場で多い女性従業員が勤務の合間にこの教室にやって来て、しばし、おもちゃの組み立てトラックを分解して再び組み立てたりする実習に取り組んでいた。説明に当たってくれた現地法人の社長さんは「部品メーカーというものづくりの工場では、製品がどのように造られていくのか、設計図も念頭に置きながら、実際に手を動かしていく訓練が必要不可欠と考えて、こうした教室をつくった」とその狙いを指摘した。教室での実習も高度の段階となると、さまざまな物の分解・組み立ては複雑で、それに加えてスピードを競うとなると、「考える」要素が重要になってくるのだという。
この工場では、「ものづくり教室」での社内コンテストが年1回あり、上位入賞者には日本の本社工場での研修の機会も与えられるので、ものづくりの腕上げへの刺激にもなっているようだ。紹介した3つの日本語は、タイ人の従業員もそのまま日本語で理解しているようで、タイ進出日系企業で大きな課題の一つである人材育成の地味な取り組みを観察することができた貴重な機会となった。
(今回のタイ進出日系企業の視察に当たっては、国際機関・日本アセアンセンターおよび在日タイ大使館のBOI東京事務所のご協力を得たことを付記し、深く感謝を申し上げたい。)
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タイ進出日系企業の工場内に置かれた従業員スキル・コンテストの募集看板(タイで人気のムエタイ選手のデザイン)