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第175回 タイ首相単独会見の舞台裏 伊藤努

第175回 タイ首相単独会見の舞台裏 伊藤努

第175回 タイ首相単独会見の舞台裏

バンコクに駐在する他社の知り合いのA記者と東京で久しぶりに再会した。1年半ほど前の2011年初めに掲載の「民族紛争をめぐるA記者との対話」という見出しで本欄に登場するそのAさんである。場所は、来日したインラック・タイ首相も参加した都内の一流ホテルでの懇親会だったが、他の参加者がほぼ全員、スーツとネクタイ姿で出席していたのに、首相に同行してタイから出張してきたA記者のいでたちは、色柄のついたよれよれのシャツ姿で、会場内ではやはり異彩を放っていた。遠くからでも目に付く格好なのである。

ほぼ1年中が暑いバンコクでは、駐在する日本人記者のほとんどが、上着などを着ずにシャツ姿で仕事をしているが、A記者はまさしく、その姿で都内のホテル宴会場に現れたわけである。新聞記者らしい「野人だな」と感心するとともに、バンコク時代の自分の着こなしなども思い出していた。

その場ではA記者とは、互いに関心のあるミャンマー(ビルマ)の民主化の行方などについて意見を交換して別れたが、驚いたのはその2日後に自宅で、A記者が記事を書いている新聞の朝刊を開いて飛び込んできた大見出しである。「タイ首相、本紙記者と単独会見」の見出しとともに、記事の末尾にA記者の署名があった。

つまり、A記者は筆者とホテルの会場で会った翌日に都内の迎賓館でインラック首相に単独インタビューしていたのである。その時のA記者のいでたちはもちろん、前夜のシャツ姿ではあるまい。何と言っても、外国の元首級が宿泊する迎賓館である。正装でなければ、門をくぐることもできないだろう。

A
記者による日本のメディアとの初会見の長い記事を読みながら、「ああー、大きな一本を取られた」と思った。もちろん、現場の一線記者からはとうに退いた筆者には、タイ首相と単独会見する任務はないが、初めからそれを放棄しているというのも記者の端くれとしては悲しい。

うかつにも、にぎやかなホテルの宴会場でA記者と再会して言葉を交わした時、A記者にタイ首相との単独会見の予定が入っているとは全く予想もしていなかった。宴会場でのシャツ姿と迎賓館での単独インタビュー時の服装をあれこれ想像しながら、記者の仕事とその醍醐味を改めて思った。

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