第45回 「地球の歩き方」との奇縁 伊藤努

第45回 「地球の歩き方」との奇縁
バンコク特派員時代にアジア各地で取材したが、仕事の合間に見知らぬ街を散策していると、「地球の歩き方」というおなじみの旅行ガイドブックを手にして外国旅行をしている日本人の若者によく出会った。記者仲間でも、途上国などに出張取材する際にこのガイドブックで現地情報を事前に入手する人が少なくなかった。カラー写真をふんだんに使った現地の情報が豊富で新しく、かつ正確な点が人気の秘密なのは言うまでもない。
そんなわけで筆者も何度か、海外取材時に「地球の歩き方」のお世話になったが、このガイドブックの編集者と一緒に取材する機会があるとは夢にも思わなかった。数年前のパキスタンへの出張取材の際に偶然出会ったのは、同書のカンボジア版や中国版などで編集責任者を務めたTさんで、初対面にもかかわらず同業者ということもあって、すぐに意気投合し、楽しい取材旅行となった。Tさんは文字通り、海外旅行の専門家なので、「頼もしい同行者」でもあった。

弁当持って飛行機へ
一緒に行動していて「編集者魂」を強く感じたのは、成田から北京経由でラホールに向かうパキスタン航空の機内食をすべて小型のデジタルカメラで撮影するばかりでなく、目的地に着いてからも、ホテルや街のレストランでの食事のたびにテーブルに並んだ料理を丁寧にカメラに収めていたことだ。ホテルの朝食、街のレストランでの地元料理と、写真を撮りながら、料理の名前や材料を店員などに聞いて熱心にメモを取っていた。もちろん、観光名所の歴史遺跡や風景写真もバシバシと撮る。
この様子を見ていて、「地球の歩き方」には各国の料理や食事などに関する情報が多く、その関連写真がほぼ必ずといっていいほど添えられていることに合点がいった。編集責任者自らが、情報を収集する記者の役回りで仕事をしているのである。筆者の関心は、その国の政治・経済情勢や社会問題に関する取材なので、料理や食べ物などの情報はどちらかと言えば、「私的領域」に属し、Tさんのような問題意識を持つことはなかった。
この時の経験で、取材や旅行で訪れた国の有名な料理や街の風景をもっとカメラに収めていれば、すぐには役に立たなくても、その国の伝統や文化についての理解がもっと深まったかもしれないと今になって後悔する。
話は変わるが、現在、勤務する会社の文化部の依頼で新刊本の書評を担当している。書評を書くために最近読んだ一冊が「『地球の歩き方』の歩き方」(新潮社)だった。この好著は旅行を専門とするメディア史ともなっており、それを読んで海外旅行の「良き伴走者」だった国民的ガイドブックの足跡を初めて知った。ご関心のある方はぜひご一読を。