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中国の軍事圧力の中で内政混乱続く台湾、トランプ次期大統領との対応にも苦慮(上) 日暮高則

中国の軍事圧力の中で内政混乱続く台湾、トランプ次期大統領との対応にも苦慮(上) 日暮高則

中国の軍事圧力の中で内政混乱続く台湾、トランプ次期大統領との対応にも苦慮(上)

中国からは「独立派」として警戒心を持たれている台湾の頼清徳総統が就任して半年経った。半年でこの地域はどう動いたのか。頼総統は双十節(10月10日)式典の演説で、「中国に台湾を代表する権利はない」とあくまで独立政体維持を強調している。それに対し、「一つの中国」原則に固執する大陸側は「台湾は不可分の領土。中国が統一するという歴史の流れは変えられない」と紋切り型の反発をし、その姿勢を再度明確にするため大規模な軍事演習をして圧力を強めている。それでも、頼総統は内政面で与野党の一致結束を図り、大陸に対抗する構えを見せず、むしろ逆に動いている。第2野党の「台湾民衆党」の柯文哲主席を汚職容疑で逮捕して与野党対立の政局を作り出しているのだ。対外的には、大陸との関わり方と同様に対米関係が重要で、ドナルド・トランプ氏の再登場に現在、台湾当局も瀬踏みを続けている様子だ。安全保障が最優先であることから、気難しい次期大統領を慰撫するために、これまで以上の融和策を取る可能性がありそうだ。 

<頼総統の姿勢と中国の反発>
「中華人民共和国は絶対に中華民国人民の祖国にはなりえない。もし中華人民共和国の誕生日を祝うならば祖国という言葉を使うべきでない」。頼清徳総統は10月5日、台北ドームに2万人を集めた双十節の前夜祭「国慶晩会」演説で、こう強硬姿勢を示した。「祖国」なる言葉を持ち出したのは、要は、75年の歴史しかない中華人民共和国より113年の中華民国の方が格上だと言いたかったのであろう。総統はさらに、「われわれは一つの主権独立国家であり、われわれは国家を愛さなければならない」とも述べ、“愛国主義”意識を持つよう人民を鼓舞した。こうした発言を見ると、独立派と言われる頼清徳氏だが、「台湾」という独立国でなく「中華民国」という従来の“国家”を強調しているようだ。いわゆる「2つの中国」の立場である。

 頼総統の狙いは、あくまで独立政体の維持にある。というのは、2016年の蔡英文前総統スタート時、台湾と外交関係を持つ国が22カ国あったのに、現在では12カ国まで減少した。民進党政権下で徐々に国際的な認知度が下がることを恐れ、総統は中華民国の認知度を高めていくために反転攻勢に出た。それは、1971年に国連総会で採択されたアルバニア決議案を見直そうという動きである。同決議案は「中華人民共和国が国連において中国の唯一の正統な代表」と認めたものだと広く認知されているが、台湾外交部は最近、「これは単に国連の代表権問題を処理しただけで、台湾の地位には触れていない。台湾が中華人民共和国の一部とは言及していない」と吹聴した。ただ、この論を厳密に突き詰めていくと「2つの中国」でなく「台湾」という独立国を認めよという話になってしまう。

頼総統はまた、中華民国を強調する中で、「中華民国と中華人民共和国とは互いに隷属しない」とも語った。この発言の趣旨はいわゆる「現状維持」を認めよということにあるのだろうが、中国国務院台湾弁公室は「この言い方は新2国論である。頼氏の『台湾独立』という頑なな立場を再び露呈したものだ」と指摘し、反発している。大陸からすれば、「台湾独立」はもとより「2つの中国」も駄目であり、台湾は完全に大陸の支配下に入る以外に選択肢はないということなのだ。それで、頼氏に警戒心を持つ中国は一段と軍事的な圧力を強めている。中国軍東部戦区は10月14日、台湾島の周囲に複数の演習区域を設定し、「聯合利剣2024-B」なる軍事演習の実施を発表した。演習は台湾島の完全封鎖を想定したもので、陸海空軍、ロケット部隊の兵力を総動員し、他国軍が封鎖海域に近づかないような態勢を取ることを目的にしているようだ。

演習には空母「遼寧」が参加した。ミサイル駆逐艦2隻とともに与那国島、西表島の間の海峡を通って南進、太平洋に出るという威圧行動を取った。軍用機は一日だけで125機と過去最高レベルの出動。海軍は艦艇17隻、海警局は1万トンクラスの大型船も繰り出し、台湾島周囲を航行した。台湾側からすると、「聯合利剣2024-B」は本島北部間近の台湾海峡、すなわち台北にも近い海域であるだけに一段と神経を逆なでするものとなった。頼総統は「国家安全会議」に準じるような「国家の安全保障に関わるハイクラスの会議」を開いて対応を協議。大陸側の封鎖演習予告に対し、顧立雄国防部長は事前に「台湾島を封鎖するのであれば、戦争行為に当たる」と警告した。ただ、演習が実戦行動に結びつくものでないことからか、静観姿勢に終始した。

こうした軍事的な緊張状態を受けて、台湾行政院は2025年の防衛費予算額を24年比で7.7%増の6470億台湾元と引き上げた。また、これとは別個に対艦、対空ミサイルの自主開発、ドローンの研究開発などのために904億台湾元の特別予算も組んでいる。これで台湾の域内総生産(GDP)に占める防衛費の割合は2.5%となった。米バイデン政権も9月30日、台湾に対し、防衛装備品、軍事訓練費用など過去最大規模の5億6700万米ドルの軍事支援を行うと発表した。米大統領は議会の承認なしに外国に物資供給できる「大統領引き出し権(PDA)」という裁量枠を持っており、PDAを使うのは昨年7月の3億4500万ドルの前回支援に次ぐものだ。 

<台湾の与野党対立>
今冬の台湾立法院(国会)選挙を経て、第1野党・国民党と第3党の民衆党が連携したため、議席数が与党の民進党を上回り、議長も韓国瑜氏(元国民党総統選立候補者)が握る野党優位の状況になっている。これを受けて、今年5月の総統就任直後に、野党側は、総統権限を制約し、立法院の権限を強化する法律「立法院職権行使法改正案」を上程し、成立させた。具体的には、総統に立法院への国情報告を義務付けたり、立法委員の調査権を盛り込んだりした内容だ。この法案作成を主導したのは国民党の傅崐萁氏ら16人の立法委員。彼らは4月27日に北京を訪問し、王滬寧全国政協会議主席と会見している。このため、与党系紙などは、傅氏らは北京で、中国サイドから「入れ知恵」を受けたのではないかとも推測している。

この改正案成立に対し、行政院(内閣)は審議のやり直しを求めた。それを受けて、立法院は6月に卓栄泰行政院長(首相)を招いて再審議したが、やはり野党多数の中で、原案維持となり、行政院長側のクレームは却下された。この一連の院内審議について、話し合いが不十分だとして民進党が反発を強めたため、同党支持の民衆が議会取り巻き、抗議の声を上げる事態となった。このケースは、民進党の総統、行政院側と、国民党・民衆党多数の立法院のねじれ現象が現実化した形だ。台湾中央研究院の学者、呉叡人氏は「改正案は総統の行政権を奪い、司法権を空洞化させるもので、事実上野党側のクーデターである」と述べ、「台湾立法院を中国の代理人にしようとしているのではないか」と酷評している。

立法院は民進党と国民党の議席は拮抗しており、第3党の民衆党(8議席)が事実上キャスティングボードを握っている。このため、総統、与党側は、国民、民衆両党の間にくさびを打ち込むため、民衆党に狙いを絞って攻撃を加える策に出た。その第一弾が柯文哲主席本人のあら探し。台北市長時代の執政内容を洗い出し、そこから汚職の”証拠“をあぶり出した。台北市内で建設中の複合商業施設「京華広場」をめぐり汚職があったという容疑で、台北地方検察署は8月30日、民衆党の柯文哲主席の自宅と党本部を家宅捜索した。容疑の内容を詳しく言えば、2021年、「京華広場」の建築容積率が従来の560%から840%へと大幅に拡大されており、当時台北市長を務めていた柯氏が企業側の要請を受け入れて便宜を図ったのではないかというもので、贈収賄容疑からの立件だ。

柯市長に容積率拡大の陳情をしたのは国民党の応暁薇台北市会議員だとされる。応氏は捜査当局の内偵を察知したのか、8月27日、香港に脱出を図ろうとしたため、台北地検が同市議の身柄を抑えた。翌28日には、台北市議会や応議員の自宅を家宅捜索、関連の物件を押収、調べを開始した。さらに地検は、応氏とともに「京華広場」の開発を手掛けた「威京総部集団(コアパシフィック・グループ)」の沈慶京会長も拘束し、取り調べた。応議員は柯市長と親しい関係にあり、企業のためにロビー活動していたことは事実である。地検は当初から応氏を通して柯主席の逮捕を最終目標にしていたもようだ。

結局、柯文哲主席は8月31日、汚職の容疑で逮捕された。同氏は9月2日に釈放されたのだが、直後に「(自分を陥れるための)話がでっち上げられた。与党が有罪と言えば有罪になるこんな状況は許されない」と述べ、この事件捜査は民進党が仕組んだ陰謀だと主張した。要は、民進党が立法院の主導権を奪回するためには、国民党、民衆党の離間が絶対に必要であり、柯文哲主席の逮捕によって民衆党を混乱に陥れる狙いがあったという見方である。確かに、手錠をはめられた柯主席の姿がテレビニュースなどで流れ、同主席や民衆党には相当の痛手になったようだ。総統、民進党サイドは、あるいはこれで民衆党の一部議員が議会内で国民党と手を切り、民進党側にすり寄ってくることを期待したのかも知れない。

いずれにせよ、「京華広場」贈収賄事件は、これまで「政治とカネ」の問題を厳しく批判してきて民衆党にとって大きなイメージダウンになったことは事実。現時点で事件の全容は明らかにされていないが、柯文哲収監の様子がニュースで流れ、インパクトを与えた。民衆党の支持率は昨年11月時点では25.3%。今年の総裁選でも26.46%の得票率だったが、事件が発覚した8月には13.7%に下がり、11月時点では10%以下に低下しているもようだ。とりわけ若者の同党離れが目立っている。この結果を見る限り、民進党、権力側の“民衆党いじめ”の企ては効果を上げていると言えそうだ。ただ、それでも立法院で提携関係にある国民党は民衆党を見捨てていない。「国民党はあくまで民衆党と手を携えて民進党の権力乱用に反撃していく」と明言している。

権力側の“企て”に対し、国民党など野党側の姿勢はますます頑なになった。9月20日に始まった立法院で、野党側は2025年予算案の審議に応じない対応を見せた。問題になったのは、今年度比7.7%増で過去最大6470億台湾元という防衛予算。民進党政権にすれば、中国側から演習などで軍事的圧力を強められている一方、トランプ次期大統領も「台湾は防衛費を米国に払うべきだ」と述べ、米国から大量に軍事装備品を購入するよう圧力がかかっていることから軍事費増は避けられない。これに対し、大陸進出の台湾企業のバックもあり、親中姿勢を変えない国民党は中国を刺激したくないとの思いがあり、軍事予算の大幅増額には反対なのだ。特に、中国軍にとっては、艦隊の太平洋進出を阻止されるような潜水艦の建造費が多数台湾防衛予算に盛り込まれていることに不快感を募らせている。国民党はそうした点を配慮して反対に回っているようだ。

 

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