第468回 華僑の往路復路と二枚の絵画(下) 直井謙二

第468回 華僑の往路復路と二枚の絵画(下)
家族を残して国を出るときは、外地で成功し帰国する意思を持っていながら実際に中国に戻った華僑は1割に満たない。成功して帰国するという出発前の意気込みはどうなったのか。
血縁地縁で結ばれた幇を頼りに遠い外地に赴いた華僑は懸命に働き、ある程度財を成すと現地の女性と結婚する。東南アジアは家や女性が得やすく華僑にとっても住み心地が良いことはすでに書いた。中国と外地の両方に家族を持つことになる
一代目の華僑は中国に残してきた妻や親などへの思いは消えない。やがて子供が生まれ2世の華人が一緒に労働に加わるようになる。孫の3世の華人ともなれば中国への思いは薄れ、生まれた国が祖国となる。
タイのように華僑華人ではない人との通婚が進めばなおさらだ。そして世代間にトラブルが生まれる。初代の華僑は中国に残してきた家族への思いから2代3代の華人に内緒で中国の家族に送金する。子孫の華人にしてみれば家族全員で働いて得た金を会ったこともない中国にいる遠い親戚に父親が内緒で送金していることになる。
東南アジアの中華街には清代の末期に移住してきた華僑を相手に京劇の芝居小屋が残っているが、今は古い中国製の映画を上映している。中華街では中国語で話す声が聞こえ漢字の新聞も売られている。タイの中華街ヤワラの電気店で京劇のビデオを見ながら涙する初老の華僑を目撃した。
薄れたとはいえ初代華僑の中国への望郷の念は消えない。家族の手前、生前の帰国は無理でも死後は帰りたいという華僑は多いようだ。
シンガポールで華僑の集団墓地を取材した。小さなジャンク船の模型が置かれた墓があった。初代華僑の思いを死後にかなえるため子孫の華人が置いたものと思われる。大富豪になっても中国に帰るのは難しい。タイで成功し、サイアムモータースやパタヤにあるサイアムカントリーゴルフ場を所有するターウォン氏を取材した。風呂敷包み一つでタイに渡り大富豪になっても、多忙で帰れないという。サイアムカントリーの横にすでに自分の墓を持っていた。終生本帰国する意思はないようだ。

許可を得てその巨大な墓を取材した。大きな大理石の建物の中に棺がすでにおいてあった。近くに十数隻のジャンク船が中国に向け航海中の巨大な絵が描かれていた。(写真)
死後は故郷に戻りたいという思いを感じ取ることができた。往路は自然の脅威、復路は家族問題に直面する。往復とも華僑には高いハードルがあるようだ。
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