中国の軍事圧力の中で内政混乱続く台湾、トランプ次期大統領との対応にも苦慮(下) 日暮高則
中国の軍事圧力の中で内政混乱続く台湾、トランプ次期大統領との対応にも苦慮(下)
<米台関係>
10月18日付米紙「ウォールストリート・ジャーナル」によれば、トランプ氏は、台湾問題に関して、「もし中国が台湾に侵攻した場合、米国は中国に150-200%の関税を課すつもりだ」と経済的な報復をほのめかした。ただ、中国軍による台湾包囲に対して米国が軍事力を使うかとの質問に対しては、「習近平国家主席は自分に敬意を抱いており、そのような事態にはならないだろう」「私は彼と非常に強い関係を築いてきた。彼は私を尊敬しており、私が著しくクレイジーであることも知っているので、私が(軍事力を使う)必要はないだろう」と、あいまいな返答に終始した。以前は「中国が台湾に侵攻したら、こちらは北京を爆撃する」などと威勢のいい発言をしていたが、再度の大統領職が近づくに従って発言は慎重になった。
トランプ氏は当選後、明確に台湾の防衛に関して明言は避けている。ただ、彼の姿勢は、米国軍の負担軽減から、同盟、友好国が自国の防衛費をより多く払うよう求めるスタンスであり、NATOや日本、韓国に対してばかりでなく、台湾関係法という国内法で防衛義務を持つ台湾に対しても変わらない。台湾の2025年予算の中での防衛費はGDP(域内総生産)の2.45%程度に過ぎないが、トランプ氏は「台湾はGDPの10%くらいに引き上げてもいいのではないか」とまで言っている。要は、台湾の防衛力を高めるという視点より、米国の武器、軍事装備品をもっと買えという通商視点での発言なのかも知れない。
前述のように、民進党政権は、米国からF35ステルス戦闘機やパトリオットミサイルなどを購入することで軍事予算の増額を図っている。それは、来るべき次期トランプ政権でも台湾防衛をしっかりと確保してほしいとの意思が込められている。「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ氏は同盟、友好国の防衛には比較的無頓着と言われる。そのため、民進党政権が最も恐れるのは、米中が今後包括的な話し合いを進める中で、トランプ大統領があるいは台湾問題もディール(取引材料)の一つにし、台湾の存在を見捨てしまうことだ。台湾は、安全保障に関して米次期政権から一日も早い確約発言を望んでいる。
トランプ氏はかねてより「台湾は米国のビジネスを盗んでいる」などと語り、経済面で台湾に向ける目は厳しい。とりわけ。半導体分野においては「台湾は米国の半導体技術を奪った」と台湾企業の進展を苦々しい思いで見ていたと言われる。世界最大のファウンドリー(半導体受託生産)である台湾企業「TSMC(台湾積体電路製造公司)」は中国の南京などに工場を持つが、安全性の観点や、部品輸出などで米国から規制がかかっていることから、調達が困難になってきた。このため、TSMCは大陸からの工場脱出を進める方針とも言われ、その移転先は、近場の日本に注目、熊本県菊陽町への工場進出が進んだ。たが同時に、米国への配慮も欠かすことができなくなった。
バイデン政権下で、台湾企業は「CHIPS及び科学法(2022年成立)」による半導体分野への補助金を受けて米国への傾斜を強めてきた。TSMCも米アリゾナ州フェニックスに工場を建設し、5ナノメートルという回路線幅が小さい最先端の半導体製造を目指している。米側のこの流れはトランプ政権下でさらに加速されるのであろう。米戦略国際問題研究所(CSIS)の研究員は「半導体のチップ技術の輸出などについては、トランプ次期政権ではバイデン時代よりさらに厳しい管制がかかるであろう。管制の対象は先端製品に限らず、既成製品にも及ぶかも知れない」と述べ、半導体分野における米中間のデカップリングはますます進んでいくとの見方を示した。米国はその分、台湾への期待感を高めていくと見られ、台湾側もそれにこたえてますます米国依存を強めていかざるを得ない。
台湾の国家科学・技術委員会の呉誠文主任委員(閣僚)は日経新聞(11月22日付)の取材に対し、「トランプ政権下での技術協力に期待している」と語った。トランプ氏が半導体に関して台湾に厳しい目を向けているため、リップサービスに努めたものであろうか。また、「量産技術が成熟すれば、友好国に技術移転できる」とも語り、回路線幅2ナノメートルという次世代技術も将来的に海外展開できるとの見通しを示した。ただし、同主任委員は「研究開発は台湾内で行う必要がある」とも語り、たとえ安全保障を頼る米国であろうと、高度技術の公開には慎重姿勢を見せている。
<台湾経済の懸念材料>
台湾は2017年に原子力発電所廃止の方針を決め、翌18年以降、稼働していた6基の原発のうち4機を停止した。残る2基も今年から来年5月までにすべて停止することを決めている。脱原発は、蔡英文前総統の時代から、民進党政権の看板政策だ。ところが昨今、人工知能(AI)ブームなどを背景に半導体の生産が増え、電力不足が慢性化してきた。台湾エネルギー管理局のデータによれば、2023年現在の電源構成は、石炭が42.24%、液化天然ガスが39.57%、再生可能エネルギーが9.47%、原子力が6.31%、水力が1.08%と言われる。再生可能エネルギー生産が進んでおらず依然比率が低いので、原発抜きで電力増を図るには化石燃料に頼らざるを得なくなる。それはそれで環境上の問題であることから、原発稼働停止のタイムスケジュールは現在改めて大きな関心を呼びつつある。
TSMCが台湾離れして米国や日本に工場移転するのもこの電力難がネックになっていると言われる。今後、台湾の経済力を支える半導体製造業が域内で生産し続けるためにもぜひ電力生産量の拡大を図らなければならない。立法院野党や産業界からも原発再利用の要求が強まっているため、政権側は一度決めた原発廃止政策の再考も必要になった。卓栄泰行政院長は9月下旬、日経新聞記者との会見で、原子力発電所について「将来的な活用で議論は可能だ」と発言した。同院長は10月29日の立法院でも「政府も国際的な傾向を知らないわけでない。未来の新たな原発技術についてオープンな姿勢で議論する」と述べ、原発再考も視野に入れていることを明らかにした。民進党政権は、庶民受けする原発廃止を取るか、それとも産業振興に傾くかの苦渋の選択を迫られている。
中台対立は常に台湾経済への懸念材料となっている。中国は台湾侵攻の場合、事前に海上封鎖を計画していると言われる。「聯合利剣2024-B」演習でも台湾封鎖が想定されたが、実際に実行されたらどうなるのか。台湾の顧立雄国防部長は「封鎖は我が国のエネルギー確保に影響するためでなく、国際的海運における台湾海峡の依存度は高い。この地域の海上輸送量は全世界の5分の1、2兆4500億ドルの規模がある。もし、中国が国際法上で定義される『封鎖』を実施したら、重大な事態となる」と語った。ブルムバーグ通信社のエコノミストによれば、台湾が封鎖されたら、半導体の輸送ラインが断たれ、全世界の経済損失額は5兆米ドルに達するという。これ一つ取っても、台湾抜きに半導体の供給がかなわないことが分かる。
2022年8月、米国のペロシ下院議長(当時)が訪台した際、中国は台湾を取り囲む7つの航行制限海域を設定・公示し、「聯合利剣2024-B」のような大規模軍事演習を行った。中国が台湾を取り囲む航行制限区域を設定・公示したのは初めてであったため、台湾政府経済部はメディアの要求に応じてエネルギーの備蓄状況を明らかにした。エネルギーの化石燃料はほぼ100%輸入に頼っているため、人民の関心は高いのだ。それによれば、石油の備蓄量146日、石炭は30日、天然ガスが11日とか。電源構成比を見ると、天然ガスの比重が徐々に上がっており、2025年には5割に達するという見方もある。いずれにせよ、中国軍によって台湾島が封鎖されれば、人民生活には大きな影響が出る。
香港誌「亜州週刊」によれば、経済部の胡文中国営司長は「現在、化石燃料全体の貯蓄量は法定数量に比べても多めであるが、天然ガスだけは少ない。したがって、経済部は今後3年間に貯蓄場所を3カ所増設する計画だ。天然ガスの安全な貯蓄量は最低14日間と言われるが、この増設でカバーできる。台湾が封鎖されれば、使用電力も減少するので、14日分以上になると思われる」「もし、天然ガスがひっ迫する状態になれば、すでに廃炉にしている石炭発電所を再活用させる」「台湾の石油、天然ガスの69.1%は中東地区から輸入しているが、供給元の多元化を図っていく。中東依存を減らし、米国など(友好国)からの輸入を増やす」と語っている。トランプ大統領時代になれば、シェールガスの増産が図られるため、台湾はエネルギーでも、トランプ氏の歓心を買うよう米国依存に傾くことになりそうだ。