「中国製造2025」の目標年迎え、理想は実現していない-党内、軍内では混乱続く(上) 日暮高則

「中国製造2025」の目標年迎え、理想は実現していない-党内、軍内では混乱続く(上)
年が明け、2025年を迎えた。中国は2000年以降、順調な経済発展を続けたあと成長を鈍化させたため、2015年に10年後の経済の在り方や発展の方向を示した「中国製造2025」を発表した。今年その目標年を迎えたが、中国では依然デフレ傾向が続き、反転回復の兆しは見えない。同文書が掲げた戦略目標はどこまで実現したのか、最終的に実現可能なのか。経済の低迷の一方で、政権内とりわけ軍内での混乱が見られる。2023年春から、中国の李尚福国防部長や解放軍の重要セクションであるロケット軍の李玉超司令員らの姿が突然消えて、年末に解任が正式発表された。そして昨年2024年には、党中央軍事委員会の重鎮である苗華政治工作部主任や魏鳳和前国防部長に対し汚職での摘発も明らかにされた。こんな中で、今年3月に全人代が予定され、その前後に共産党中央委員会総会(4中全会)の開催もうわさされる。人事異動を含めてドラスチックな変化はあるのだろうか。
<「中国製造2025」策定の背景>
中国の実質経済成長率は2000年台、北京オリンピック(2008年)、上海万博(2010年)のビッグイベント開催を控えて10%超えの高成長を続けてきた。ところが、2010年の10.4%から徐々に下がり始め、2015年には6%台にまで落ちている。国家統計局の発表によれば、同年の成長率は物価変動の影響を除いた実質で6.9%と前年の7.3%を下回り、25年ぶりの低水準となった。「雇用の創出が続く限り、成長率の低下は問題とならない」と李克強総理は強気な発言をしていたが、内々では成長率の低減傾向を不安視していたことは間違いない。実際、近年は若年労働者を中心に失業率が上がり、とりわけ高等教育機関を卒業した若者はその頭脳に見合った職を得ることができない状況にある。
2015年のGDP伸び率は前年同期比で6.9%であった。世界のビジネスマン、投資家らは、中国の高成長が世界経済の牽引役となり、実質的に支えてきたとの思いがあっただけに、2010年以降の成長率低下傾向に驚いた。だが、彼らはそういう懸念の一方で、「中国当局は低成長を放っておかない。新たな景気刺激策を打ち出してくるに違いない」との期待感も持っていた。というのは2008年のリーマンショックでは、世界的な不況に陥るところを中国が景気刺激対策として4兆元を投入したため、一息ついたことがあったからだ。また、2015年は2年後の2017年秋に第19回共産党大会開催を控えていた。習近平氏が総書記2期目を目指して権力固めをする上からも、何らかの対策を打ち出してくるのではないか、夢を持たせるような壮大な目標が設定されるのではないかとの見方も出ていた。
当時、中国政府は経済システムについて、輸出・投資主導型から消費・サービス主導型へ転換させようとの思いがあったようだ。ただ、内部には「消費主導の経済への転換では不十分。それだけでは高成長は望めない」といぶかる声も出てきた。庶民の給与水準、生活状況がまだ十分でないことから、消費だけでGDPを押し上げることは難しい。つまり、エコノミストが指摘するように、生産性の向上がない限り高い経済成長率の確保は難しいということだ。そこで目を付けたのが産業構造全体の見直しであり、それは多くの先進国が歩んできた道。端的に言えば、白物家電から高度な電子製品へ、ガソリン車から電気を利用した自動車へ、労働集約型からロボット利用への転換などであり、高度化、先端化することで生産性を高め、量より質で勝負する製品の製造、輸出を増やしていく方向への転換である。そこで2015年7月に出されたのが「中国製造(Made in China )2025」であった。
<「製造2025」の中身>
「中国製造2025」に書かれているのは、「製造強国を目指す」上での段階的な目標設定であるという。2015年に中国はすでに「製造大国」の地位を占めたと認識している。それは、安い労働力を狙って外資が多く入り込み、製造工場が乱立したことを差すのであろう。次に目指すのが2025年に「製造強国になること」。さらに、2035年には「製造強国の中堅的な地位」を占め、2049年の中華人民共和国創立100周年には「製造強国のトップグループ入りする」というのだ。中国側の説明では、「大国」とは生産量の多さを表すものに過ぎないので、今後目指すのは質や技術が重視された産業化という意味で「強国」と表現している。
強国を目指すきっかけは何だったのか。2012年に日中間が尖閣諸島の問題でもめたときに政府は民衆に日本製品の不買運動を焚きつけた。その結果、工場サイドではスマートフォンなどに使われるコアの部品が日本から輸入できなくなり、中国側も製造面で”返り血”を浴びることになった。中国政府はこの教訓から、半導体などの先端製品では部品を含めて完全に自国内で生産する態勢の構築を急がなくてはならないとの思いを強く持ったようだ。先端製品、部品は、民間企業の電子製品工場などで使われるが、同時に中国政府系企業では軍需品の生産にも使用される。つまり、西側先進国にすれば、中国の「強国」化とは「軍事強国」になるとのイメージを持ってしまうのだ。
「中国製造2025」では5つの基本方針が提示された。それは、イノベーション(技術革新)、品質向上、環境配慮、産業構造転換、人材育成で、イノベーション分野では、国内に多くの「製造業イノベーションセンター」を設立し、国家的レベルで取り組んでいく。環境配慮面では、省エネ、新エネルギー化を進めるという。特に自動車開発ではEVだけでなく省エネ車、ハイブリッドなども視野に入れていくようだ。環境保護は国家的課題だと強調している。このほか、産業構造転換では、次世代情報通信技術の開発、先端新素材の発見・確保、バイオ医薬・高性能医療機器の製造、先進軌道交通網の整備、海洋開発用機械・ハイテク船舶の建造-などを目指すという。農業の生産性向上も大きな課題で、政府主導で進めるとしている。地球温暖化によって自然に任せた露地栽培に限界が見えることから、屋内の管理栽培や野菜工場などへの転換をイメージしたものであろうか。
「中国製造2025」で一番熱心に書かれているのは、やはり産業の”コメ”と言われる半導体の製造問題である。半導体の国内供給量を2020年に40%、2025年までに70%まで引き上げるとの目標を設定した。情報技術、ロボット、ハイテク船舶、航空宇宙機器の製造には半導体は欠かせない部品なのだが、同時にこれらの製造品はいずれも軍事転用が可能である。つまり、半導体の部品を日本など西側先進国に頼っていては、いざという時にストップがかけられることもあり、軍需品を安定的に国内で作れない。そうした状況は今、ウクライナ戦争を戦うロシアで顕著に見られる。中国は台湾との武力統一も視野に入れていると言われるが、戦争の長期化を考えた場合、半導体が自国内生産できない段階で安易に戦端は開くことはできない。
<「製造2025」の達成度と可能性>
そこで関心を呼ぶのは、中国は現在、半導体製造でどのくらいの自給率を確保しているかという点である。中国の検索アプリ「百度」を見ると、2024年の上半期に中国が海外から調達した半導体関連製品は250億ドルで、台湾、米国、韓国の総計を超えるという。世界最大の輸入国だが、それで同年末現在、半導体の自給率は35-40%であるという。日経新聞によればもっと低い。自給率は10年前に約14%であったが、現在でも23%程度ではないかと推計している。いずれにしても、「中国製造2025」で打ち出した2025年中に70%という目標到達はとても無理。品質的にも、通信機器大手「ファーウェイ(華為技術)」が2023年に回路線幅7ナノメートルの半導体を製作、スマホに搭載したと米通信社「ブルムバーグ」が報じたが、隅々の部品まで含めて国内製造品であるかどうかは疑わしい。
環境配慮のためのEV、太陽光パネルでは、過剰生産問題が起きている。太陽光パネルは、自然エネルギーへの転換をもくろむ中国政府が補助金を出すまでして生産を促したため、多くの企業が参入。その結果、過剰生産となり、在庫の山が築かれた。企業側はこれを輸出に回したが、EUは「補助金の入った製品は自国産と対等な競争ができない」として輸入制限に出た。その後にEUの規制は解除されたが、米国は国内産業保護という名目で緊急輸入制限(セーフガード)措置を発動し、制裁を続けている。それでも、中国企業の生産は続いているもようで、過剰状態は変わらない。昨年、製品価格は1年半前の半分になってしまい、中小の生産企業は消化しきれない在庫を抱えたまま倒産に追い込まれている。
EV自動車も同様で、中国政府の肝いりで生産工場が雨後の筍のように造られた。国内企業では、「比亜迪(BYD)」「吉利汽車(ジーリー)」の大手から地方の小規模企業まで、また海外企業としても、上海に大工場を持つ米企業「テスラ」などがある。その結果、生産過剰となり、中国国内では価格低下競争が起きている。期待は輸出での消化であり、実際に東南アジア、インドなどに出され、日本のガソリン車のシェアを奪っている。だが、こうした海外輸出攻勢に対し、欧米は「太陽光パネルと同様に補助金が付けられている」「米国が禁止している中国とロシア製ハードウェアとソフトウェアが使われている」などという理由で輸入制限措置を取っている。
環境配慮の観点からガソリン車からEVへの転換が提唱されたのだが、EVも動力源となる電気は化石燃料で作られるため、やはり環境負荷は避けられない。そこで、水素への転換も考えられてきた。習近平国家主席は2020年9月の国連総会で「2060年炭素ニュートラル」目標を宣言した後、炭素排出削減に向けた主要エネルギー源として水素を取り上げた。これを受けて、中国政府は「水素車を2025年に10万台、2030年には100万台」との目標を掲げた。ただ、2020年末時点で、中国で走行していた水素車は7000台程度と言われ、100万台達成は遠大な目標である。水素充填ステーションの設置がまだまだ不十分。また水素は爆発しやすいという危険性があるが、中国の技術レベルはまだまだ西側先進国のレベルに追いついていないとされる。このため、早急な導入は事故多発につながりかねないので、当局も早急な普及に躊躇しているもようだ。
太陽光パネルにしろ、EVにしろ、欧米で造れないレベルの製品であれば、彼らも輸出規制をかけにくい。一定の消費者のニーズがあるからだ。要は、欧米諸国にとって中国製品は自国製品並みかそれ以下との認識なのである。加えて、補助金を得て安価売りし、シェアを奪いにきているとなれば、欧米も国内産業保護の上からも拒否反応を示さざるを得ない。また半導体については、西側先進国は今、中国に対し部品供与、技術供与で制限を掛けている。バイデン米前大統領は規制に強気だったが、トランプ氏もこの姿勢を貫くであろう。そんな中で、中国が完全自国部品調達によって2-4ナノメートル・レベルの半導体を開発、大量生産するのは難しい状況だ。という観点から、「中国製造2025」が目指している「量より質」という目標はまだまだ達成されていないし、近い将来の達成可能性も低いもようだ。
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