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「中国製造2025」の目標年迎え、理想は実現していない-党内、軍内では混乱続く(下) 日暮高則

「中国製造2025」の目標年迎え、理想は実現していない-党内、軍内では混乱続く(下) 日暮高則

「中国製造2025」の目標年迎え、理想は実現していない-党内、軍内では混乱続く(下)

<軍、党中央内の混乱>
経済をバックアップする現在の政治状況はどうなのか。一昨年以来、党内、特に軍内は混乱状態にある。「銃口から政権が生まれる」という毛沢東主席の有名な言葉があるが、共産党の独裁体制維持には、国家でなく党の軍隊である人民解放軍の力は欠かせない。つまり社会学で言うところの「暴力装置」である。その解放軍で2023年来、“異変”が続いている。同年春の全人代で就任したばかりの李尚福国防部長が秦剛外交部長とともに夏までに公式の場に姿を現さなくなり、失脚が明らかになった。さらにロケット軍の李玉超前司令官ら同軍幹部も姿を消した。そして同年12月29日に、全人代常務委員会 が、ロケット軍の李玉超前司令員、周亜寧前司令員を含む軍高官9人らの解任を正式発表した。その理由は、軍装備品調達に絡む汚職だという。

李尚福氏の去就が明らかにされない段階で、2023年12月、国防部長の後任として海軍出身の董軍氏が決まった。そして昨年6月、李氏とともに元国防部長の魏鳳和氏の処分も明らかにされた。2人とも「重大な規律違反があった」とのことで解任、党籍はく奪された。チャイナウォッチャーからすると、春に就任したばかりの閣僚がどうして半年も経たないうちに失脚の憂き目に遭うのか、奇異な感じを受ける。ロケット軍は、核ミサイルの運用を担当しており、台湾の武力統一を目指す上からも重要な軍セクションだ。しかも李玉超氏は習近平国家主席の肝いりで就任したと言われる。さらに、作戦指揮を主導的に担当する地方5大戦区のうち南部、北部、中部の3戦区の司令官が同時に更迭された。これは一連の軍幹部摘発に絡むものか、それとも単に定期異動なのかは不明だが、注目を集める人事だ。

軍関係で昨年最も驚かせたのは、苗華政治工作部主任の失脚である。軍事委は2022年の党大会のあと、習近平主席の下に張又侠、何衛東の両副主席、そのほか李尚福氏、劉振立連合参謀部参謀長、苗華氏、張昇民軍事委紀律検査委員会書記のトップセブン体制であった。ところが一昨年に李氏、そして昨年末に苗華氏が失脚し、メンバーは5人と減った。2025年1月現在、補充はされていない。苗氏摘発の理由としては「重大な規律違反があった」と言うだけで、具体的にどういう問題があったのかは公表ない。そのために、世間では、苗氏が自らの出身母体である海軍偏重の優遇人事をしてきたからとか、ロケット部隊幹部と同様に兵器、軍需品の汚職で蓄財してきたからとさまざまな憶測が流れた。事実として明らかなのは、苗氏が福建省出身で同省アモイ駐留第31軍での所属歴があり、同省に勤務していた習近平氏と懇意にしていたということ。軍トップへの昇進は習氏抜きにはあり得なかった。

李尚福国防部長、苗華政治工作部主任が習近平氏系の軍幹部であるなら、本来そのポストが守られて然るべきだ。それなのに失脚したのは、軍内で習氏の力が落ちていることも考えられる。米系華字メディアでは、習近平氏と張又侠副主席は幼馴みで強いつながりを持っていたが、党人と職業軍人という立場の違いから対立し、習氏がその抗争に敗れたのではないか、それで、習氏が自派幹部を守り切れなかったのだとの見方が出ている。だが、それは所詮米側の一つの“希望的な”観測に過ぎないのだろう。1月6-8日に開かれた党中央紀律検査委員会の会議では、習氏が開幕演説し、「腐敗は党の直面する最大の脅威」と強調、今後も腐敗摘発を続けることを公言した。習氏は2012年の総書記就任以来、腐敗、汚職摘発を名目に政敵を葬ってきた経緯があるが、この発言を聞く限り、依然彼が強い力を持っていることをうかがわせる。

では、軍幹部の一連の更迭人事をどう理解すべきなのか。これは習主席自身の力とは関係なく、軍内の利権享受組と反利権組、陸軍と海軍、出身地域・部隊の違いという別の要素による対立から生じた結果ではないか。ただ、こうした人事を通して第一副主席の張又侠氏が大きな力を持ち始めたことは確かだ。それは、習主席の指示を受けたものなのか、それとも習主席との軍掌握抗争に勝利した結果なのかは判然としない。一つ言えるのは、こうした軍内の混乱がわれわれ日本、西側諸国にとっては好ましい状況になったということだ。当面、台湾への武力行使はないと見通せるからだ。空から威嚇する役目のロケット軍幹部や台湾島封鎖の役割を担う海軍の重鎮である苗華氏が失脚しているのだから、台湾攻略の態勢は整わないであろう。

軍内の混乱と併せて、党内でも異変があるのではないかとの見方がある。秦剛外交部長の更迭は、愛人問題、スパイ疑惑などが取り沙汰されており、権力闘争とは関係ないとされる。だが、秦氏も習近平主席が大抜擢した点を想起すれば、守り切れないかったことは奇異に感じる。習権力弱体化説の一つの根拠である。また、注目されるのは、習主席が政治局常務委員会ランク2の李強総理との関係を悪化させ、ランク5の蔡奇書記局常務書記を重用しており、それで習派幹部の中でも対立が起きているのではないかという見方。また、経済の立て直しのために、20回党大会で排除したテクノクラート集団である共青団(共産主義青年団)系の幹部を呼び戻すのではないかとの観測も出ている。胡錦涛前国家主席が将来の指導者として育成した胡春華元副総理(現全国政協会議会議副主席)が最近、習氏の近くに列席している。そうであれば、習派と共青団系の対立が再び党内闘争の火種になりそうだ。

2025年はどうなるか>
昨年12月末の党中央経済工作会議で決まったのは、消費を推し進め、投資を行う、そのために金融緩和を目指して利下げを実施するというものであった。消費を進めるため、2024年、個別家庭が自動車、電気製品の耐久消費財を買い替える時に一定の補助金を出すという制度が設けられたが、今年1月早々、この制度を延長するほか、さらに規模を拡大することを宣言した。ガソリン車から燃費効率の高いEVやハイブリッド車などへ買い替える場合、最高2万元の補助金を支給するというものだ。これは、消費マインドを煽ると同時に、環境対策にも貢献する一石二鳥との考え方が推進役の国家発展改革委員会にはあった。だが、笛吹けど踊らずで、街には失業者があふれ、サラリーマンも給与を下げられ、四苦八苦の状態。総体的にとても消費を押し上げる状況は生まれていない。

中国が金利を下げれば、再び米国との間で金利差が生じ、人民元の価値は落ちていくであろう。輸出超過になっている米国との貿易は為替上有利になるが、トランプ大統領が中国からの輸入品に対し当面1割、将来的に6割の関税を掛けると宣言しているので、輸出は確実にブレーキがかかる。逆に、人民元安はエネルギー、食糧関係の輸入物価を高める。本来、利下げは国内の投資を促進する目的があるが、当面不動産投資は考えられないし、これ以上の不採算覚悟でのインフラ投資も無理。反スパイ法などの影響で外資も呼び込めない。となると、金融緩和してもその効果は望めないのではないかと見るのが一般的である。

2025年初頭の中国はどう動くのか。本来党大会3年後の2024年秋に開かれるべきだった4中全会は結局、開かれなかった。3中全会が半年以上先延ばしされ、昨年7月にやっと開かれたので、年2回の開催は無理だったのであろう。で、4中全会の開催時期について、チャイナウォッチャーの間では、今年春3月ごろ、全人代の開催時期前後になるのではないかとの見方が強い。そして、この会議では、次の第21回党大会(2027年開催)をにらんで一定の党幹部人事が行われるのではないかとの観測もある。多くの党人や企業家は今の経済政策に強い不満を持っているので、人事異動に対する期待もある。異動があるなら、デフレ克服、経済再活性を主導してくれるテクノクラート幹部の登用が望ましいのであろうが、筋金入りの社会主義者の習近平氏が力を保持し続けているなら、それも難しいのかも知れない。

 

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