第276回 タイ西部の野生のゾウ 直井謙二

第276回 タイ西部の野生のゾウ
アジアの開発が進むにつれて野生の象の生息数が激減している。東洋のデトロイトと呼ばれ、自動車産業などを中心に発展が続くタイではめったに野生の象を見ることはできない。野生の象は飼いならされ山林で伐採された木材を運び出すという重要な役割を担ってきたが、機械化と木材伐採の規制でその役割も終わった。
タイでわずかに野生の象が見られるのはミャンマーとの国境付近などに限られる。ミャンマー軍事独裁政権に対し、国際社会は長い間経済制裁を実施してきた。このためミャンマーは他の東南アジアと比べ開発が遅れ、手付かずの山林が残っているのだ。昼間は暑さを避けてミャンマー側の密林に身を隠していた象は日暮れとともに国境を越え、タイ領に進入して来る。タイ側は果樹園などの開発が進み、パイナップルやバナナの畑が多く、象たちは夜陰にまぎれて果物を食べに来る。
ミャンマーと国境を接するタイ中西部プラチュアップキーリーカン県を取材した時のことだ。太陽が西に傾き涼しくなると野生の象の群れがタイ側の草原に現れた。飼いならされた象と違って嗅覚の優れた野生の象の警戒心はとても強い。その象の群れの風下に車で大きく回りこんだ。草むらに身を隠して覗き込むと数頭が警戒しながらこちらに向かって来る。カメラマンは慎重に群れを追うが、象はすぐに気がつき足早に姿を消してしまう。

竹やぶに身を隠し待ち続けると母親象が2頭の子象を連れて水浴びにやって来た。小さな池の前で母親象はまず子象を藪に隠し小さな池に単独で入り、すぐに池から出ると鳴き声を上げて子象を呼んだ。
すると子象はうれしそうに池に入り水浴びを始めたのだ。
10分ほど撮影したところで母親象がカメラに気がつき、声を上げて吼えた。2頭の子象はすばやく池から出ると走り去る母親象の後を追った。並んで逃げる親子象を見て母親象が池に入って濡れている部分の高さと子象の身長が同じであることに気がついた。(写真)母親象はまず子象を藪に隠し、自ら池に入って深くないことを確かめたことが分かった。野生の象の母性本能と知能を垣間見た気がした。
一方、野生の象による果物の被害は無視できない。野生の象が惨殺される事件も起きている。農民は果樹園の周りに電線をはり高圧電流を流すなど被害対策を講じている。また象を保護するため、作物用の果樹園とは別に象のための畑を作り、パイナップルなどを育てている。野生の象と人間の共存が続くことを祈りたい。
写真1:水浴びをやめて逃げ出す親子像
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