第144回 「同じ屋根の下に「大体140人」、タイの山岳民族 直井謙二

第144回 「同じ屋根の下に「大体140人」、タイの山岳民族
「家」という概念の希薄な東南アジアではかつて、家族の称号である「姓」がなかった。現在も「姓」は機能しておらず、友人同士でも名前やニックネームで呼び合い、「姓」を使うことはまずない。
筆者は昔、バンコク支局に合わせて9年勤務したが、タイ人スタッフの「姓」を意識するのはビザの取得のための申請書を作るときぐらいだった。「家」という概念が希薄だから、個人主義が目立ち、離婚率も高い。父親は名目上、「家長」のように扱われるが、実権は主婦が握っていたり、財産は長男ではなく末の娘に代々受け継がれたりすることも多い。
タイやミャンマーにはさまざまな山岳少数民族が住んでいる。山岳民族の社会構成や生活習慣はヒンズーやイスラム、それに欧米文化の影響が少なかったことから、東南アジアの家族の形態が残っている。
タイ北部チェンマイ県のバンウン村で一つ屋根の下に16家族、およそ140人が暮らすメオ族を取材したことがある。朝、夜明けとともに学校のような建物から大勢の小学生が出てくる。まるで学校から下校するような光景だが、子供たちが自宅から集団で登校しているのだ。
主婦たちはそれぞれ、洗濯や掃除に追われ、午前中は忙しく過ごすが、昼下がりは車座になって、刺繍とおしゃべりの時間になる。
午後、子供たちが学校から帰ると、家の前の空き地でコマ回しやゴム飛びなど日本では見られなくなった遊びに興じる。(写真)

一家は広大な農地を持ち、家族総出で野菜の手入れをする。作物はニンジンやイモ類だ。以前は丘陵地帯でアヘンの材料になるケシを栽培していたが、タイ王室の指導で野菜に切り替えられた。
夜の食事はまるで合宿状態、主婦総出で料理は何とか用意できるが、140人そろっての食事ができる部屋はない。そこでまず、子供たちが3つのグループに分かれて食事をし、続いて夫などの男性陣、最後に主婦など女性陣が食事をする。
一家の家長で3人の妻と16人の子供を持つチューサックさんに聞いてみると、調和が大切で大家族でもトラブルはなく、幸せに暮らしているという。
チューサックさんも「140人以上だ」と答えるだけで、家族の正確な人数を把握していない。若者が独立して出て行ったり、親戚が新たに家族に加わったり、人数は常に流動的なようだ。
東日本大震災以降、日本でも家族の絆(きずな)に変化が出てきて、結婚や2世代の同居が増えているという。140人家族は極端にしても、孤独な無縁社会に歯止めが掛かるだろうか。
写真1:少数民族の少年のコマ遊び
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