第106回 孫悟空はどこから来たか 直井謙二

第106回 孫悟空はどこから来たか
西遊記を知らない日本人はまずいないだろう。超能力を持つサル孫悟空、ブタの妖怪の猪八戒、それに川イルカの妖怪といわれる沙悟浄を連れて、玄奘三蔵法師がはるばるインドまで経典を取りに行く旅を描いたものだ。主役は空を飛んだり、人に化けたり、体の大きさを自由に変えられる超能力サル、孫悟空だ。
荒唐無稽とも思われる物語だが、主人公の玄奘は唐代に実在した人物だ。西遊記が最終的に成立するのは明代で、作者は呉承恩と言われている。実在の玄奘と西遊記の成立の間には900年の年月が流れている。
小説になる前の伝承では、玄奘のお供はトラだったこともあるが、実在の玄奘は一人旅だったいう説が有力だ。いつ頃、なぜおサルがお供になったのだろうか。
北海道大学の中野美代子名誉教授は「海のシルクロード」で中国沿岸に伝わったインド文化に注目すべきだという。
宋の時代までインド商人はインド洋を横切り、東南アジアを通過して、中国沿岸まで海のシルクロードに沿って船で旅をした。東南アジアのほとんどの国でインド文化の影響を確認できる。中国の華中、華南の沿岸にも多くのインド商人が住みつき、ヒンズー寺院が建てられた。
台湾海峡を臨む福建省の泉州の開元寺もヒンズーの影響を受けた寺で、建設にはインド人もかかわった可能性があるという。開元寺に彫られた唐玄奘三尊像などは、漢民族と言うよりはインド人のような風貌である。旅姿の孫悟空も彫刻されている。(写真)

泉州からは2000年前のインドの叙事詩、ラーマーヤナ物語に出てくる超能力サル、ハヌマーン像も出土している。ラーマーヤナ物語に出てくる超能力サル、ハヌマーンの持つ超能力が孫悟空の能力とそっくりだと中野教授は指摘する。
開元寺の彫刻など図像的な考察と孫悟空の能力がハヌマーンに近いことから、孫悟空はハヌマーンをモデルにした可能性が高い。西遊記の作者が呉承恩だという確かな証拠はないが、空飛ぶサル、ハヌマーンと言う奇抜なアイデアが西遊記の成立の際に取り込まれたとみるのが自然だ。
2000年前にインドの叙事詩ラーマーヤナ物語の中で生まれたハヌマーンは、およそ1500年の年月をかけて海のシルクロードをたどって、明代の中国にたどり着き、そこで孫悟空と名を改め、今度は西遊記という物語の中で玄奘三蔵のお供をしながら祖国インドへと帰って行ったなどと、とりとめのない思いが頭をよぎる。
写真1:開元寺・西塔の孫悟空のレリーフ
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