第58回 トラを飼うタイの寺 直井謙二
第58回 トラを飼うタイの寺
今年はトラ年だが、東南アジアのトラは激減し、絶滅の危機にさらされている。タイやベトナムなどメコン川流域に生息する野生のトラはわずかに350頭。前回のトラ年、1998年の調査では1200頭だった。
干支が一回りする間に7割減ったことになり、このままでは次回のトラ年にはメコン川のトラは姿を消す心配があるという。急速に進む開発と漢方薬の原料となることからの乱獲が原因だ。わずかな生息地の1つがミャンマー(ビルマ)とタイの国境地帯だ。ビルマ国境に近いタイのカンチャナブリにあるバ・ルアン・ブア寺はたくさんの動物が住みついている。
10年ほど前、村人が持ち込んだ傷ついた野鳥を手当てして自然に帰したところ、10羽ほどの仲間を引きつれ、野鳥が戻ってきてしまったのが始まりだという。広い境内に入ると、馬が走り、アヒルが騒ぎ、イノシシが地面に穴を掘って寝ている。中でも圧巻はトラだ。
心ない密猟者に母親を殺された子供のトラが引き取られ、寺で成長した。成長した数頭のトラはさすがに檻の中に入れられているが、僧侶が洗面器に入れた餌を持って檻に入ると、早く食べたいのか、洗面器に手を掛けようとする。僧侶は声を上げ、トラの頭をたたくと、トラは逃げながらおとなしくなる。
トラが餌を食べている間に僧侶はホースで水をまき、檻の清掃をする。食事が終わると、トラの散歩が始まる。檻の扉が開かれ、首輪を付けたトラは数人の僧侶に付き添われて境内を歩く。中には散歩を嫌がる不精なトラもいる。
1人の僧侶が首輪の綱を力いっぱい引き、別の僧侶がトラの尻を押す。檻から引きずり出されたトラはあきらめてゆっくりと歩き出す。
境内の隅にある原っぱにつくと、首輪は外され、トラは自由に歩き回る。取材中、額に汗がにじんできたが、タイの暑さのせいではない。
一方、僧侶らはトラの様子を見ながら談笑を始める。その光景は遊園地で児童の様子を見ながら立ち話をする主婦のようだ。1人の僧侶がトラをからかい始めた。トラもふざけて僧侶に抱きついてくる。
だが、遠目には体長2メートルもあるトラが僧侶に襲い掛かっているようだ。(写真) 思わず声を上げそうになるが、他の僧侶は笑って見ているだけだ。

住職に怖くないのかと聞いてみた。トラは人の心の動きを敏感に察知する。相手が恐怖心を持てば、トラも怖くなって襲ってくる。修行を積み、心を常に安定に保つことができれば怖いことはないという。
あなたも修行したらと言われたが、丁重にお断りした。
写真:トラと遊ぶ僧侶
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