1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 「中国は敵にあらず」、米国の識者百人がトランプ政権の中国政策批判(下) 戸張東夫

記事・コラム一覧

「中国は敵にあらず」、米国の識者百人がトランプ政権の中国政策批判(下) 戸張東夫

「中国は敵にあらず」、米国の識者百人がトランプ政権の中国政策批判(下) 戸張東夫

<“西側陣営”と“中国陣営”に分断される世界>

筆者はトランプ政権の外交政策、とくに中国政策にかねて強い違和感を抱いていた。中国を頭から敵扱いし、全面対決を辞さない強硬かつ強引なところが目についたからである。このためトランプ政権の中国政策を全面的に否定する考え方を公然とぶつけた政策提言がこのような形で公開されたことを米国のためにも好ましいと考えている。特にこの提言の「中国は敵にあらず」という見出しに象徴される内容、方向性、また述べられた政策の理性的、合理的、現実的かつきめの細かいところを高く評価したい。

この書簡でもう一つ筆者が注目しているのはここで述べられている中国の国際社会への関与は不可欠であり、妨害すべきでないという基本的な考え方である。冷戦時代に米国を中心とする“西側陣営”とソ連をリーダ―とする“社会主義陣営”に世界は二分され、両陣営が敵対し、激しく対立したばかりか、両陣営のリーダである米ソ両大国による核開発競争が激化し、世界中の人たちが核の脅威にさらされることになった。いま自由や民主主義、市場経済を共通のルールとしている我々の国際社会が共産党独裁で価値観の異なる中国を忌避し、国際社会への参加を拒否したとしたらどうであろう。米国をリーダーとする“西側陣営”と中国を盟主とする“中国陣営”に世界は分断され、両陣営がいがみ合うばかりか米中両国による覇権争いが核開発はもちろん宇宙開発、技術革新などあらゆる分野で展開されることにもなりかねない。“中国陣営”といっても馬鹿に出来ない勢力になろう。中国が主導する国際金融機関アジアインフラ投資銀行(AIIB)加盟国は百か国に達したし、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の協力文書署名国は百二十六か国になる。これらの国から参加する国々も少なくあるまい。そう考えると中国を国際社会に参加させることの重要性がお分かりいただけると思う。

<米国は自信喪失>

戦後の国際社会のリーダーが一貫して米国だったことを疑うものはいない。民主主義や自由といった価値観だけでなくハリウッドに象徴される映画、音楽、ファッションなどあらゆる分野で米国がリーダーであった。世界中の人たちが米国に憧れ、“アメリカンドリーム”を求めて多くの人々がやって来た。だがいまはどうであろう。米国はいまも世界の国々や人々から一目置かれる「責任ある大国」なのだろうか。公開書簡を読んでいると国際社会で孤立しているのは中国ではなくむしろ米国ではないかという思いにとらわれてしまうときがある。実際経済面でも、軍事面でも中国の躍進が著しく米国は脅威を感じている。この書簡に「米国の国際社会の指導者としての地位をそのうち中国に奪われてしまうという恐れを抱くのは考えすぎである」というくだりがある。米国自身が自信喪失に陥っているのだ。

この問題にはトランプ大統領にも責任がある。たとえば筆者自身にしてもトランプさんが大統領になってから米国に対する尊敬の念がかなり低下している。他国の利益など気にもしない「米国第一主義」をがむしゃらに貫くやり方が何といっても「責任ある大国」らしくない。たとえばトランプ大統領は「米国第一」を強調し、経済政策と外交政策の抜本的転換を訴えたとはいえ、政策転換があまりにも独断的であるため世界中で顰蹙をかっている。2017年1月大統領就任直後まず交渉中の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から撤退、続いて同年6月気候変動対策のための国際条約パリ協定を離脱、その後冷戦中の1987年レーガン米大統領とゴルバチョフソ連共産党書記長が調印した中距離核戦力(INF)全廃条約を失効させ(2019年2月)、また米英仏独露六カ国とイランによる2015年の核合意を破棄した(2019年7月)。さらに国連やヨーロッパ、とくに北大西洋条約機構(NATO)加盟国との関係はよくない。「フランスの6月の調査では、75%がトランプ氏の印象を『悪い』と答え、ロシアのプーチン大統領の63%を上回った。英国の5月の世論調査でもトランプ氏について63%が大統領として『不適格』と回答した。ドイツでは米国に対する不信感が特に強く、8月に公表された信頼度に関する調査では、米国を信頼する割合は19%にとどま」ったという(『読売新聞』2019年8月25日)。


<トランプ大統領の無責任、無神経な発言>

今年(2019年)6月中東ホルムズ海峡近くのオマーン沖で日本の海運会社などが運行するタンカー二隻が攻撃を受け同海域の航行の安全が国際的に注目された時期のこと。ホルムズ海峡を日本や中国などが原油輸入の経路にしていることを指摘し、「これらの国は自国の船舶を自ら防衛すべきだ」「なぜ米国が長年にわたって、無償で他国のために航路を防衛しているのか」とトランプ大統領が不満そうに語ったという。7月に入って米国はこの海域の安全確保のため有志連合を募ることを決め、六十か国に呼びかけたものの9月までに参加表明したのは英国、オーストラリア、バーレーンだけだった。トランプ大統領の放言(本音?)といい、有志連合への参加を表明したのが六十か国のうち僅か三か国だった事実といい、国際社会を牽引していく責任ある大国のイメージとは程遠いというべきであろう。トランプ大統領はまた米国のテレビ局の電話インタビューに答えて次のように語っている。「日本が攻撃されれば、我々は第3次世界大戦を戦うことになり、あらゆる犠牲を払って日本を守る。しかし、米国が攻撃されても、日本は助ける必要は全くない。彼らはソニーのテレビでそれを見ていられる」これをワシントン電で報じた『読売新聞』(2019年6月27日 夕刊)は「日米安全保障条約で、米側に負担が偏っているとの不満を改めて示したもの」と解説している。モノには言いようがあるであろうに。しかもこの発言が日本に伝えられたのはちょうどトランプ大統領夫妻が国賓として来日していた時期であった。

有り体にいえばトランプ大統領が多少粗野な人物でも、らしくなくても、またその発言が多少無神経でも、乱暴でも目くじらを立てるほどのことではないのだ。米国が責任ある大国としてすべきことをきちんとしてくれているのならそれでいいのである。だが国際社会が、米国に次ぐ世界第二の超大国にのし上がった中国にどのように対応したらよいのかわからず動揺し、お手上げ状態になり強力な指導力を必要としている大事な時に米国がずっこけてしまったので困っているのである。中国の脅威が実際より大きく見えるのはおそらくこのためであろう。



《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》前回  
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》次回
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》の記事一覧

タグ

全部見る