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〔53〕香港返還までのカウントダウン時計 小牟田哲彦(作家)

〔53〕香港返還までのカウントダウン時計 小牟田哲彦(作家)

▼執筆者紹介

昭和50年東京生れ。早稲田大学法学部卒業、筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻博士後期課程単位取得退学。日本及び東アジアの近現代交通史や鉄道に関する研究・文芸活動を専門とする。平成7年、日本国内のJR線約2万キロを全線完乗。世界70ヵ国余りにおける鉄道乗車距離の総延長は8万キロを超える。平成28年、『大日本帝国の海外鉄道』で第41回交通図書賞奨励賞受賞。 平成19年4月から平成20年3月まで霞山会発行の月刊誌『東亜』でアジア各地の船舶紀行「甲板からアジアを見る旅」(→『全アジア航路を行く』に収録)、平成20年4月から平成28年7月まで霞山会ホームページでコラム「アジアの停車場」(→『アジアの停車場:ウラジオストクからイスタンブールへ』に収録)、平成28年8月から令和2年9月までコラム「アジアの一期一会」(→『アジアの一期一会――通りすがりの異文化交流』に収録)を連載。日本文藝家協会、鉄道史学会、交通史学会会員。著書等詳しくはこちら

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〔53〕香港返還までのカウントダウン時計

大半の外国人旅行者にとって、旅行先の土地の主権がどの国にあるのかを意識するのは、出入国審査のときがほとんど唯一の機会である。国境以外で特定の土地の統治権がどこにあるかを旅行者が意識するのは、その国が抱える領土問題に関する当該国の政治的スローガンが街中に掲げられている場合くらいであろう。日本でも、北海道の根室市に行けば北方領土返還を訴える標語をあちこちで目にすることができる。

ただ、世界各国で見られるそうした市中の標語の中には、よく目立つように大きく、かつ頑丈に作られている反面、長期間にわたり使用され続けていて、まるで観光名物のような恒久的なモニュメントと化しているケースもある。それは皮肉なことに、その標語が主張する領土問題が長らく解決していないことを意味している。

領土問題に関する観光資源的なモニュメントで、しかも問題解決までの期限が一目瞭然で視認できる存在だったといえるのは、中国の天安門広場で見た香港返還までのデジタル時計である(画像参照)。1996年当時、天安門広場の東側にある中国革命博物館の正面入口付近の外壁にこの巨大な時計が掲げられていて、「中国政府 対香港恢復行使主権 倒計時 距1997年7月1日」という固定表示の下に、残り日数を示す「○○天」と残り秒数を示す「○○○○○○○○秒」(○は8ケタ)の数値がデジタルで表示され、1年以上先の返還期日までの秒数が、24時間止まることなく少なくなっていた。ほとんど同じようなカウントダウン時計が、香港と国境を接していた深圳の出入国地点にも掲げられていたのを、この天安門の訪問から半年後に現地で確認している。

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中国革命博物館の正面に掲げられていた香港返還までのカウントダウン時計。設置されたのは1994年12月末とのこと(1996年2月撮影)

イギリス領だった香港だけでなく、その頃はマカオもまだポルトガルの統治下にあり、中国の主権が及ばなかった。だが、1999年に中国へ返還されることになっていたマカオより2年早く中国の主権が回復する香港の方が、国際的にも中国国内でも圧倒的に注目度が高かった。戦争や内乱、革命によってではなく、約100年前に締結された条約(しかも当時の条約当事国は中華人民共和国ではなく清王朝だった)の有効期限を根拠に、少なくとも見た目は整然と主権者が交代するという事実を、天安門広場を訪れた国内外からの旅行者はこのデジタル時計を見て瞬時に認識できたのだ。

あれから30年が経ち、天安門や人民大会堂、博物館などの建物が広場を取り囲む光景は当時とほとんど変わっていないが、あのデジタル時計の痕跡は今やどこにもない。主権の交代という究極の政治的事象まで観光資源にしてしまったあのような巨大なカウントダウン時計を、今後、世界のどこかで再び目にする機会はあるだろうか。


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