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執筆者紹介

執筆者紹介

アジア問題ジャーナリスト。1973年、東京外国語大学中国語学科を卒業し、時事通信社に入社し、北京特派員、香港特派員を歴任。2003年から、フリーで中国・アジア関係の執筆活動をする傍ら、東京外国語大学、早稲田大学、千葉商科大学などで非常勤講師として現代中国論、国際関係論、中国語を講義。現在は、一般社団法人「日本・中国・ASEAN経済文化研究会」代表理事。主な著書としては、「ネクスト・チャイニーズ・リーダー胡錦濤」(風雅書房、1994年刊)、「1997香港 中国大衝突」(総合法令出版、1996年刊)、「沖縄を狙う中国の野心―日本の海が侵される」(祥伝社、2007年刊)。「趙紫陽―極秘回想録」(光文社、2010年刊)の監修も担当した。

コラム紹介

アジア地域を観光目的で一般市民が旅行するという行楽形態は、20世紀初頭から徐々に始まっていった。戦前は東アジア全域に勢力圏を広げた日本の影響下を中心に行楽旅行の範囲が広がり、戦後はまず自由主義陣営に属する国々で、経済成長に伴って観光旅行者が国境を越えて移動するようになった。
そうした旅行者たちが旅先で手にした交通機関の乗車券、観光名所の入場券、駅や列車の記念スタンプ、投函した絵はがきなど、書籍等を通じて公的に残されていない非公式の旅の痕跡を画像で紹介するとともに、そこから読み取れる20世紀から21世紀にかけての100年のアジア旅行の歴史を紹介する。

執筆者紹介

昭和50年東京生れ。早稲田大学法学部卒業、筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻博士後期課程単位取得退学。日本及び東アジアの近現代交通史や鉄道に関する研究・文芸活動を専門とする。平成7年、日本国内のJR線約2万キロを全線完乗。世界70ヵ国余りにおける鉄道乗車距離の総延長は8万キロを超える。平成28年、『大日本帝国の海外鉄道』で第41回交通図書賞奨励賞受賞。
平成19年4月から平成20年3月まで霞山会発行の月刊誌『東亜』でアジア各地の船舶紀行「甲板からアジアを見る旅」(→『全アジア航路を行く』に収録)、平成20年4月から平成28年7月まで霞山会ホームページでコラム「アジアの停車場」(→『アジアの停車場:ウラジオストクからイスタンブールへ』に収録)、平成28年8月から令和2年9月までコラム「アジアの一期一会」を連載。日本文藝家協会、鉄道史学会、交通史学会会員。

【著書】
『鉄馬は走りたい――南北朝鮮分断鉄道に乗る』(2004年・草思社)
『アジアの鉄道の謎と不思議』(2005年・東京堂出版)
『今でも乗れる昭和の鉄道』(2008年・東京堂出版)
『去りゆく星空の夜行列車』(2009年・扶桑社/2015年・草思社文庫)
『全アジア航路を行く』(2009年・河出書房新社)
『旧日本領の鉄道 100年の軌跡』(監修・共著/2011年・講談社)
『鉄道と国家――「我田引鉄」の近現代史』(2012年・講談社現代新書)
『世界の鉄道紀行』(2014年・講談社現代新書)
『大日本帝国の海外鉄道』(2015年・東京堂出版/〔改訂新版〕2021年・扶桑社)
『旅行ガイドブックから読み解く 明治・大正・昭和 日本人のアジア観光』(2019年・草思社)
『大日本帝國時期的海外鐵道』(〔繁体中国語版〕2020年・臺灣商務印書館)
『宮脇俊三の紀行文学を読む』(2021年・中央公論新社)
『アジアの停車場:ウラジオストクからイスタンブールへ』(2021年・三和書籍)
『跨越世紀的亞洲觀光 明治・大正・昭和 日本旅遊手冊中的世界』(〔繁体中国語版〕2022年・臺灣商務印書館)
『「日本列島改造論」と鉄道―—田中角栄が描いた路線網』(2022年・交通新聞社新書)

【論考】

「日本の新幹線は中国へ行くべきか」(草思社『草思』2004年9月号)

「『京城』『鮮鉄』は差別語か」(産経新聞社『正論』2005年2月号・3月号)

「『朝鮮半島の鉄道は搾取のため日本が敷設した』と言われたら」(文春新書『韓国・北朝鮮の嘘を見破る――近現代史の争点30』2006年)

「南北朝鮮を静かに揺さぶる開城観光の意義」(霞山会『東亜』2008年8月号)

「読んで旅する宮脇文学の世界」(河出書房新社『文藝別冊 宮脇俊三』2009年6月)

「『政治路線は常に悪』ではない "逆説"の我田引鉄の歴史」(『週刊ダイヤモンド』2014年9月20日号)

「北朝鮮 平義線の歴史と現況」(『鉄道ピクトリアル』2018年8月号~10月号・2019年2月号)

「令和の世に現れた幻の国際急行『のぞみ』展望車の姿」(『鉄道ピクトリアル』2022年2月号・4月号)

 

【その他】

「朝鮮半島 軍事分界線を越えていた4つの鉄道」(『鉄道ジャーナル』2003年7月号~10月号)

「日本で 韓国で 戦火の中を汽車は走った――『京義線』最後の機関士物語」(『鉄道ジャーナル』2004年12月号・2005年1月号)

「切手から垣間見る北朝鮮鉄道の世界」(『鉄道ジャーナル』2006年1月号)

「宮脇俊三を読んで育った」(新潮社『小説新潮』2008年5月号)

「新幹線輸出は“文明の衝突”である」(構成・解説/文藝春秋『諸君!』2009年5月号)

「円熟期に生み出された必然と幸運」(文庫解説/宮脇俊三『終着駅へ行ってきます』2010年・河出文庫)

「東北に残る最後のブルートレイン」(東北文化研究センター『東北学01』2013年1月)

「ニッポンのクルーズトレイン」(講談社『群像』2013年10月号)

「寝台急行『天の川』が煌いた頃」(文庫解説/西村京太郎『寝台急行「天の川」殺人事件』2018年・文春文庫)

「伝統急行『津軽』の個性と存在感」(文庫解説/西村京太郎『座席急行「津軽」殺人事件』2019年・文春文庫)

「散り際の『ゆうづる』一瞬の輝き」(文庫解説/西村京太郎『寝台特急「ゆうづる」の女』2020年・文春文庫)

「今もリアルな空想の山岳鉄道」(文庫解説/宮脇俊三『夢の山岳鉄道』2021年・ヤマケイ文庫)

「先駆的観光特急『ゆふいんの森』」(文庫解説/西村京太郎『特急ゆふいんの森殺人事件』2021年・文春文庫)

「“若き幹線”紀勢本線が激変した平成初期」(文庫解説/西村京太郎『紀勢本線殺人事件』2022年・文春文庫)

 

【講演等】

「旅行史からアジアを眺める」(2013年9月・霞山会「Think Asia―アジア理解講座」/文化庁後援)

「旅行ガイドブックが語る中国旅行の歴史」(2014年6月・中央大学文学部中国言語文化専攻)

「大日本帝国の海外鉄道を訪ねる――台湾、朝鮮、満洲ほか」(2016年4月・名古屋・栄中日文化センター)

「大日本帝国の海外鉄道旅行史」(2016年6月~8月・霞山会「Think Asia―アジア理解講座」)

「鉄道史から見る台湾の今むかし」(2016年9月・読売日本テレビ文化センター/台湾文化部 台北駐日経済文化代表処台湾文化センター〔共催〕)

「異文化交流としての世界鉄道紀行」(2017年9月~10月・Jシニアーズアカデミー)

「北朝鮮・平義線(京義線)の歴史と現況」(2017年11月・霞山会「Think Asia―アジア理解講座(特別編)」)

「日本人の近現代アジア旅行史」(2018年1月・NHK文化センター青山教室)

「世界鉄道紀行~走る異文化交流の舞台~」(2018年4月・NHKカルチャーラジオ「日曜カルチャー」)

「中朝国際連絡鉄道の歴史と現況を知る」(2018年10月・NHK文化センター青山教室)

「北朝鮮のガイドブックにみる対外観光の歴史」(2019年1月・NHK文化センター青山教室)

「宮脇俊三の紀行文学を読む」(2019年7月~9月・NHKカルチャーラジオ「文学の世界」)

「昭和の東アジア航空旅行史~大日本帝国時代から格安航空券の普及まで~」(2020年1月・NHK文化センター青山教室)

「Go to オールド・アジア~古写真と動画で見る昭和初期の大陸観光~」(2020年11月・霞山会「霞山アカデミー オンラインセミナー」)

「秘蔵映像で体験する昭和初期のGo to 満洲国ツアー」(2021年9月・名古屋・栄中日文化センター)

執筆者紹介

1953年神奈川県生まれ。東京外国語大学ドイツ語学科を卒業後、時事通信社に入社。外信部記者を経て、西ドイツ特派員やバンコク特派員などを歴任。
外信部専任部長、時事総合研究所主任研究員を経て2018年退社。この間、神戸大学大学院(国際文化学研究科)の非常勤講師として、「メディアと異文化
理解」をテーマに講義・演習を長く担当した。
現在はフリージャーナリストの傍ら、時事総研客員研究員としてドイツを中心とした欧州の政治・軍事情勢をカバーしている。

執筆者紹介

1945年東京都生まれ。武蔵工業大学卒業後、テレビ朝日に入社。外報畑を歩み、1983年から2000年代初頭にかけてバンコク支局長を2回にわたって歴任。
この間、タイ、カンボジア、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、インド、パキスタン、中国西域などに滞在し、アジア激動の時代にクーデター、災害、
事件事故、国際会議、楼蘭遺跡、アンコール遺跡などを幅広く取材した。
2005年から10年まで株式会社衛星チャンネルの常務監査役を務める傍ら、アジア報道の番組制作にも当たった。

チャイナ・エクスペリエンス 興津正信

執筆者紹介

1971年埼玉県川口市生まれ。日本語教師。大学・大学院在籍中は主に中国の環境問題や水問題を研究。霞山会2004年度派遣高級進修生として、天津の南開大学に1年間研究留学をした。2008年に、再び天津へ赴き、中国研究のかたわら、大学の日本語学科で日本語を教える仕事をする。それがきっかけで、日本語教育に興味を持つようになり、帰国後、本格的に日本語教師の道に進む。2016年から埼玉県の嘱託を受け、県内在住の中国帰国者(中国残留日本人及びその家族等)を担当する支援相談員として、日本語学習支援に従事。また都内の日本語学校でも非常勤講師として日本語を教えている。

データ紹介

駒形研究会は、現代中国経済論を対象に日々研究を行い、現在急速に変化しつつある中国経済を客観的に正しく分析することを目標に活動する慶応義塾大学経済学部(駒形哲哉教授)のゼミナールです。
世界経済の中で中国の占める位置は重要になっています。中国経済を無視して今後の世界経済を語ることはできません。
また駒形研究会では、経済という観点のみならず多方面からの分析も試み、中国に入れ込みすぎることもなく、対象を客観的に分析しています。
駒形研究会HPはこちらからどうぞ https://komagataseminar.mystrikingly.com/

コラム紹介

経済成長にともなって中国の国力が増大したことによって、東アジア地域の力の分布は変化し、同地域のみならず国際秩序は大きな影響を受けています。そして、戦争と感染症が人類の歴史をかたちづくってきたといわれるように、新型コロナウイルス感染症のグローバルな感染拡大は、コロナ後の国際秩序が一層に流動化することを予感させます。
流動化する国際秩序の行方を見通すために必要なパズルのピースの一つが、大国意識を強めている中国の動向です。地政学的にみて、日本という国をかたちづくっている要素の一つが中国であることを否定する人はいないでしょう。中国はどこに行くのか。
中国政観 Perspectives on Chinese Politicsは、この問いに答えるための手掛かりを示します。

執筆者紹介

慶應義塾大学総合政策学部教授、同大学院政策・メディア研究科委員。公益財団法人日本国際フォーラム上席所員、慶應義塾大学総合政策学部卒業(1995年)。同大学院政策/メディア研究科修士課程、博士課程修了。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治外交。
財団法人霞山会派遣奨学金の受給を得て復旦大学に留学(1995-96年)。在香港総領事館専門調査員(2000-2003年)の後、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教(2003年-2004年)、慶應義塾大学法学部専任講師(2004年-2007年)、同准教授(2007年-2008年)、同総合政策学部准教授(2008年-2015年)、同教授(2015年-現在)。なお、2016年10月から2018年10月まで慶應義塾大学を離籍して、外務省に転籍。外務事務官(在香港日本国総領事館領事)。2018年10月に慶應義塾大学に復籍。
この間、國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員(2010年)、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所現代中国研究センター訪問研究員(2011-12年)、國立政治大学国際事務学院客員准教授(2013年)を歴任。

著書に『現代中国政治と人民代表大会 人代の機能改革と『領導・被領導』関係の変化』(慶應義塾大学出版会、2006年)。編著に加茂具樹編著『「大国」としての中国』(一藝社、2017年)、加茂具樹編著『中国対外行動の源泉 (慶應義塾大学東アジア研究所 現代中国研究シリーズ)』(慶應義塾大学出版会、2017年)。共編著に加茂具樹・林載桓編著『現代中国の政治制度:時間の政治と共産党支配(慶應義塾大学東アジア研究所叢書)』(慶應義塾大学出版会、2018年)、加茂具樹・小嶋華津子・星野昌裕・武内宏樹編著『現代中国研究シリーズ 党国体制の現在:社会の変容と中国共産党の適応』(慶應義塾大学出版会、2012年)、加茂具樹・飯田将史・神保謙編著『中国 改革開放への転換:「一九七八年」を越えて』(慶應義塾大学出版会、2011年)。共訳書に園田茂人・加茂具樹共訳『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(岩波書店、2011年) (Stefan Halper, THE BEIJING CONSENSUS: How China’s Authoritarian Model Will Dominate the Twenty-First Century, The Perseus Books Group in United States, 2010.の訳)ほか。
https://www.kamotomoki.com

コラム紹介

この連載では、中国の北部、華北に建てられた建築を通して、中国と海外の関係を見ていく。華北地区は、大都市北京や天津を含む広大な地域であり、歴史的に外国に蹂躙された場所でもある(もちろん日本もそれに加担した側だ)。ただし、そのような不幸な経緯を経て入ってきた外国文化も、かつてのモンゴル文化や満族文化がそうであったように、漢民族の手によって激しく「漢化」されてゆく。それは、現代に建てられる建築とて例外ではなく、外国人設計者達はいまだ「漢化」の波と闘い続けているのである。外国人設計者達は、そして外国からやってきた様式や設計手法は、どこに行くのか。少しでもそれを浮き彫りにできればと考えている。

コラム紹介

ベトナムを時系列に沿ってみてゆくと、大きく三段階に分けることができる。有史以来、中国、タイ、カンボジア、フランスから断続的に影響を受け続け(「コロニアリズム」の時代)、第二次世界大戦後、フランスから独立してからは国内の文化醸成を目指したが(「ローカリズム」の時代)、ドイモイ政策によって計画経済から社会主義市場経済への"刷新"を図った1986年以降は再び多くの外国からの影響を受けるようになっている(「グローバリズム」の時代)。そういった複雑な歴史の一方で、国土や民族の多様性も特筆される。国土は南北に長く伸び、東部の海岸線や北部の中国、西部のラオス、カンボジアに接する国境線付近の山岳地帯など、多様な地形や気候が存在し、さらにそこには54にものぼるさまざまな民族が暮らしている。この連載では、彼らが生活する住宅や施設をとおして、ベトナムの文化や風俗を多角的な視点をもって紹介してゆきたい。