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第4回 イエズス会士が遺した噴水:円明園 西洋楼遺址区 諧奇趣・大水法・海晏堂 東福大輔

第4回 イエズス会士が遺した噴水:円明園 西洋楼遺址区 諧奇趣・大水法・海晏堂 東福大輔

第4回 イエズス会士が遺した噴水:円明園 西洋楼遺址区 諧奇趣・大水法・海晏堂

円明園は、北京の西北、清華大学の西側に位置する。これは清代の皇帝の離宮であり庭園であって、総面積約3.5kmという広大な敷地の中に、多くの湖沼が設えられ、宮殿が建ち並んでいた。だが、1860年のアロー戦争に際し、北京までフランス・イギリス連合軍が侵入し、フランス軍が美術品や宝石類などの金目のものを略奪。さらにイギリス軍が「捕虜虐待に対する復讐」として火を放ち、廃墟となってしまった。この事件を契機の一つとして、北京はつぎつぎに外国に蹂躙されてゆく。この事実は、中国人のナショナリズムをいたく刺激するものであり、円明園は廃墟として現在も保存され、「愛国主義教育」の拠点の一つとなっている。

この円明園の北隅に、西洋楼遺址区といわれる部分があり、西洋式の庭園と建築が作られていた。これらの設計を指揮したのは、清王朝の康熙帝・雍正帝・乾隆帝の三代に渡って仕え、とりわけ乾隆帝に宮廷画家として厚く用いられた宣教師、ジュゼッペ・カスティリオーネである。

日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、日本の文化的なルーツである中国への布教の必要性を感じていたらしい。ザビエルの死後、イエズス会はマテオ・リッチを明朝に、カスティリオーネを清朝の宮廷へと送り込んだ。当時のイエズス会の戦略は、西欧の先進的な技術である絵画・地図・時計などを現地の統治者に献上し、歓心をかって布教の許可を得る、というものだったが、中国の皇帝たちの方が一枚上手だったようだ。結局、皇帝は公的に布教を許す事はなく、カスティリオーネの人生は皇帝に献上するための絵画を描き続けることに捧げられたのである。彼は、皇帝の肖像画や、その家族の生活、動物たちが登場する吉祥画などを描いているが、乾隆帝は絵の題材どころか、その技法にも細かく注文をつけたようである。中には中国人絵師と共作のものもあり、すべて軸装された形で遺されている。彼の絵は、「中国化された西洋的技法」の代表的なものといえるだろう。

彼が乾隆帝によって設計を命じられた円明園の建築物についても同じことがいえる。各所に用いられた彫刻は西洋的であるが、肥大化された装飾類は「中国人好みの」いささか過剰なものとなっていた。さらに、建築物の屋根は黄色い瑠璃瓦で覆われており、西洋的な建築の「再現」に努力した日本の西洋建築とは全く異なる方向性を持っていた。もちろん、現在は廃墟になっているため、建てられていた建物は遺された資料から想像するしかない。現在の円明園を見ても、主に建物の痕跡は、断片的に転がる彫刻類と、池や噴水があった「窪み」に残されているだけだからだ。西洋楼遺址区の噴水跡は、「諧奇趣(シエチーチュ)」「大水法(ダーシュイファー)」「海晏堂(ハイイェンタン)」という部分にある。

乾隆帝から命令が下るたび、噴水の複雑さは増していった。「諧奇趣」のものは機構的には単純なものだったようだが、「大水法」は二つの塔のてっぺんから水が流れ落ち、一頭の雄鹿と十頭ある猟犬の彫刻から順番に水が流れ出る仕掛けだったらしい。このような時計とカラクリを連動させた機構は「海晏堂」で頂点を迎える。ウマ、ヒツジ、サルといった十二支の動物の銅像が羅漢衣を着て居並んでおり、これらが刻限ごとに順番に水を吐き、時刻を伝えていたという。

これらの彫刻については、後日談がある。2000年代に入って、人民解放軍を母体とする企業集団「保利集団」が、世界中に散逸した十二支像を買い戻し始めた。そこにマカオのカジノ王であるスタンレー・ホーなどの富豪も協力するようになり、この盛り上がりを受けて2009年、円明園は噴水を別の場所に復元した。いつしか十二支像は「中国への愛国心を表現するシンボル」となり始めたのである。だが、中国文学者の中野美代子は、これらの銅像がオークションで高騰している事に疑問を投げかけている(注)。アロー戦争のはるか後の1930年頃に撮られた写真に、十二支像が写っているというのである。おそらく、アロー戦争時には十二支像は略奪の対象とはならなかった。もちろん、略奪があったこと自体は疑うべくもないが、フランス/イギリス軍にとっては、他に重要な「お宝」がいくらでもあったからである。つまり、十二支像を売り払い、円明園の石彫の大半を持ち去ったのは、当の中国人自身である可能性が高いのだ。この笑うに笑えない状況を、美術家・艾未未(アイ・ウェイウェイ)は作品「サークル・オブ・アニマルズ/ゾディアック・ヘッズ」で痛烈に皮肉っている。

クライアントに翻弄される設計者として、生前だけでなく、死後も中国に翻弄されつづけるカスティリオーネに心から同情する次第である。

(注)中野美代子「愛国心オークション」、『図書』(岩波書店)2009年7月号。なお、同じ著者による小説もカスティリオーネの絵画や建築に詳しい。中野美代子「カスティリオーネの庭」、講談社文庫


写真1枚目:「大水法」の廃墟
写真2枚目:海晏堂の近くに再現された十二支像
map:<円明園 西洋楼遺址区 諧奇趣・大水法・海晏堂>
北京市海淀区円明園内。地下鉄「円明園」駅B出口下車、徒歩15分
5~8月 7:00~19:00 / 4・9・10月 7:00~18:00 / 1~3月および11~12月 7:00~17:30 入場料25元(入場料+西洋楼遺址区入場料)


 

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