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第3回 「大ズボン」:中国中央電視台(CCTV)本部ビル(その2) 東福大輔

第3回 「大ズボン」:中国中央電視台(CCTV)本部ビル(その2) 東福大輔

第3回 「大ズボン」:中国中央電視台(CCTV)本部ビル(その2)

建物形状が企業イメージに成り代わる事は、チャンネル数を15から250に増やし、「中国のBBC」としての覇権を狙うCCTV側にとっては望ましいことだったかもしれない。だが、思わぬ弊害を生むこととなってしまった。工事が収束しつつあった2009年2月、CCTVと同時にコンペを通過したTVCC(中央電視台電視文化センター)で火災が起こり、消防士に犠牲者を出すという惨事となってしまったのである。私も、火事を一目見ようと集まる人たちで野次馬騒ぎが起こっていると電話で聞き、慌てて家のテレビをCCTVに合わせたのだが、そこで放送されていたのはオーストラリアで起こった山火事のニュースだった。こういった政府系メディア特有の隠蔽体質に対する不満があったところに、火事の原因がVIP向けの違法な花火大会であったことが明らかになり、庶民の間から「ざまあみろ」「いい気味だ」などの声が上がり始め、不穏な状況になりはじめたのである。

中国には、日本のようにキー局、ローカル局といったネットワークはなく、各省の局が全国放送を行っており、北京で見ることのできる地上波放送は50チャンネルを超える。だが、主要局は夜7時から始まるCCTV製作のニュース番組「新聞聯播」を放送しなければならない。このCCTVを代表する番組は多分にプロパガンダ的で、「最初の10分は中国政府のリーダーたちの奮闘ぶりを伝え、次の10分は市民たちの生活の充実ぶりを伝え、最後の10分は外国の不幸ぶりを伝えている」と市民たちに揶揄されている。つまり、CCTVを代表する「新聞聯播」は中国政府の主張そのままだと捉えられており、CCTV「そのもの」であるこの建物もまた、政府への批判を直接受けることになる可能性があるのだ。

中国では、ちょっと変わった形の建物があると、オリンピックのメイン・スタジアム「鳥の巣」のように、愛称を名付ける習いがある。この建物も、その形状から「大ズボン」と呼ばれていた。この用語自体に悪い意味はないのだが、レム・コールハースは別に思うところがあったらしい。著書の中で、CCTVを女性器に、TVCCを男性器に例え、それぞれの形を笑い飛ばしてしまったのである。この事実が中国誌で報じられると、プライドを傷つけられた中国の大衆は、「外国人に騙された」と怒り狂った。過去のコールハースによるシニカルな物言いを知る者からすれば、男根主義の権化たる高層ビルへのアンチテーゼとしてそう言っているのかな、という想像力が働くが、大衆にそんな余裕はない。結局、事務所が慌てて訂正を発表するという事態となった。

2014年10月17日、習近平国家主席が、突如として予定外の文芸座談会に出席し、2時間強の講演を行った。その内容で中国の設計者達が注目したのは「北京にはもう『変な建物(奇奇怪怪的建筑)』は要らない」という部分である。名指しこそ避けたようだが、現場に居合わせた人たちは皆この建物を想像したようだ。図らずも習近平が指摘したように、楽観的な未来予測が社会に充満し、それに経済の隆盛が重なる奇跡がなければ、このような建物が街に現れる事はまずない。ゼロ年代は、中国建築にとって幸せな時代だったといえるだろう。

コンペ時のOMAの案では、大きな張り出し部分の下の庭園や、その上部の展望台が市民たちに公開される予定だった。設計者の思惑に反し、まだどちらも一般公開されず、建物は頑丈な鉄柵に囲われたままだ。それでもなお、「CBD(中央業務地区)」の中心に屹立するこの建物は、北京に他の都市とは全く異なるスカイラインを与えている。


写真1枚目:火災直後のTVCC棟(現在は再建されている、筆者撮影)
写真2枚目:報道陣や建築関係者を現場案内するレム・コースハース(中央、筆者撮影)
map:<中国中央電視台(CCTV)本部ビル>北京市朝陽区東三環、地下鉄「金台夕照」駅C出口下車


 

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