第32回 岩峰が際だった霊岩の名峰 月出山 森正哲央
第32回 岩峰が際だった霊岩の名峰 月出山
羅州平野の南に隆起し山塊をなす月出山は、周王山、雪岳山とともに韓国三大岩山の一つで、奇岩怪石からなる男性らしい山容が際立った俊岳だ。天皇峰(812m)を主峰として、獅子峰(667m)、九井峰(738m)、道岬峰、朱芝峰などの険しい峰がつらなり、谷間には南の金陵鏡布台渓谷を筆頭に美しい渓谷が流れ、北の龍湫瀑布、東の七峙瀑布などが壮観をなす。その秀麗な姿から「湖南の小金剛」とも称される。また、その厳つい山容は、「反逆心溢れ」「体制にくみしない」とされる全羅道人の気質や性格に擬えられてきた。
三国時代から「月が出る山」という意味の月奈山、高麗時代には月生山と呼ばれ、李朝時代に月出山の名が定着した。1973年に南西の道岬山地域を合わせ道立公園に指定され、1988年に国立公園に昇格した。国立公園の中では最も面積が狭いが、国宝の解脱門など多くの文化財を有する西の道岬寺、617年に元暁大師が創建した南の無為寺、九井峰中腹の磨崖如来坐像はじめ多くの史蹟・古刹が点在する。ツツジが咲き誇る春も美しい。今回は東側の霊岩邑開新里から天皇峰にのぼり、九井峰を経て、西側の道岬寺へと下るコースを紹介したい。
まずは霊岩バスターミルから開新里行きのバスに乗る。冬の朝はまだ薄暗く、乗客は私一人。運転車に、どこから来たのか聞かれ、「良い山行になるように」と握手を求められた。霊岩という地名の由来については次のような故事が伝わる。――月出山の九井峰に、動岩と呼ばれる3つの岩があった。中国人が岩を転がり落としたところ、その中の一つが自ら動いて元の位置に戻った。人々はその岩を霊岩と呼んで尊んだので、それがいつしか地名となった――。
月出山は風水的にもすぐれた地勢をしているとされ、霊岩は大地に流れる生気のお蔭で、多くの偉人が生まれるという。朝鮮一の風水師ともいわれる道詵(827~898)や、日本に漢字や論語を伝えたといわれる百済の王仁博士もその一人だ。文筆峰ふもとの郡西面には王仁博士の生誕地や学舎があり、毎年4月に「霊岩王仁文化祭り」が開かれている。だが霊岩出身というのはあくまでフィクションで、根拠となる文献は見つかっていない。
開新里の登山口までは約10分。探訪支援センター、国立公園事務所などがあるが、ほかの国立公園入口に比べると商店も少なく、ひっそりとしている。駐車場から月出山を仰ぎ見ると、将軍峰と獅子峰の前衛峰を従えて天皇峰がそそり立ち、人を寄せ付けない威厳を漂わせていた。舗装道を行くこと500m、天皇キャンプ場の横を過ぎると、探訪案内所の前に出る。ここから本格的な山道となる。
天皇峰までは、風谷を直登するコースと、雲橋、獅子峰を経由する尾根コースがあるが、氷結などによる事故防止のため、12月中旬から2月中旬まで尾根コースは立ち入り禁止となっている。だが、獅子峰中腹の切り立った岩壁に架かる雲橋にはぜひ立ち寄りたい。遠回りになるが、雲橋に寄ってから風谷コースに合流することにした。
探訪案内所から15分も行くと天皇橋があり、橋を渡らず左折して100mで天皇寺にでる。復元工事が進んでおり、大きな復元鳥瞰図が張り出してあった。岩混じりの道は歩き難く、凍結した残雪で何度もスベリそうになる。天皇寺から40分で雲橋(510m)につき、高度感のある景色を堪能しながら、ひと息入れる。全長54m、地上高120mの雲橋は1978年に架設され、2006年に新たに架けなおされた。雲橋から先の尾根道は冬期立入禁止だが、見ていると、何人も柵を越えて入っていく。天皇峰へ行くには直登した方が近いが、規則は守ることにする。
急階段を約300m下り、風渓谷三叉路で風谷の登山道と合流、再び天皇峰へ向けて上り返す。約5分で高さ約15mの、凍結した風瀑布の前を通る。滝を過ぎ、六兄弟岩が望める場所まで来ると、雲橋が遥か眼下に見える。将軍峰の稜線上にある六兄弟岩は、兄弟6人が談笑しているように見えると名づけられた。
六兄弟岩が見えたら尾根は近い。通天門三叉路で雲橋からの尾根道と合流、長い階段を上りきると通天門と呼ばれる人一人がようやく通れるほどの岩の間を抜ける。さらに階段を上ること5分で天皇峰の山頂につくと、遮るもののない360度の大パノラマが広がった。北東直下には霊岩の街が、北西には羅州平野が広がり、はるか遠くで霊岩川が栄山川と合流している。東には風峠を間にして香爐峰、九井峰、露積峰、朱芝峰が並ぶ。天気が良ければ、その先に黄海が広がる。黄海に沈む夕日は、特に美しいそうだ。
天皇峰から香爐峰、九井峰へ向かう稜線は多少アップダウンがあるが、鼻を持ち上げたような豚岩、春になると岩のてっぺんにツツジが咲く男根石など、ユニークな岩がアクセントとなって飽きない。天皇峰から1時間で風峠の三叉路につく。左に行くと、金陵鏡布台渓谷に沿って約1時間半で月南里に至る。峠を過ぎて再び上ると、右手に将軍岩が近づいてくる。九井峰直下の巨岩で、月出山を守る勇ましい将軍の顔に見えると名づけられた。
峠から300mも行くと分岐があり、道岬寺に抜けるには直進すると近いが、九井峰に寄るため右へ。約100m進むと洞窟にぶつかる。文禄・慶長の役で、近くに住む女性たちがここに隠れ機を織ったという伝説があり、機織り窟、陰窟とも呼ぶ。陰窟のある岩の真上が九井峰の山頂で、岩上には水の浸食作用でできた大きな窪みが9つあり、龍が住んでいたという伝説が伝わる。
九井峰から香爐峰の山頂を巻いてミワン峠(540m)へ向かう。香爐峰より先は様相が一変し、女性的な山容となる。かつて樹木で覆われていたミワン峠は、山火事で焼けた後にススキの原に姿を変えた。今ではススキの原と呼ばれることが多い。峠より先、尾根づたいに道岬山や、南の無為寺に抜ける道は閉鎖されていた。
峠から道岬寺までは冬椿渓谷(道岬寺渓谷)に沿って2.7キロ下る。名前の通り、青々とした葉の椿が多い。小橋を何度か渡り、1時間余り行くと、道岬寺道詵守眉碑の前にでる。さらに石造如来像が鎮座する弥勒殿を過ぎ、川を渡ると道岬寺の広い境内にでる。国宝の解脱門をくぐり150m余り先の橋を渡るとバス停およびタクシー乗場。食堂は月出山荘の一軒しかない。霊岩バスターミナルまでは約20分かかる。
●アクセス(バス)
・霊岩バスターミナル~天皇寺 1日5本。7時10分~16時50分。10分所要
・霊岩バスターミナル~道甲寺 1日2本。9時30分、16時10分。20分所要