1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 5年前香港で消えた明天集団・肖建華オーナーの裁判が上海で始まる-政経癒着が問題に(上) 日暮高則

記事・コラム一覧

5年前香港で消えた明天集団・肖建華オーナーの裁判が上海で始まる-政経癒着が問題に(上) 日暮高則

5年前香港で消えた明天集団・肖建華オーナーの裁判が上海で始まる-政経癒着が問題に(上) 日暮高則

5年前香港で消えた明天集団・肖建華オーナーの裁判が上海で始まる-政経癒着が問題に(上)

 

香港をベースにしていた投資企業「明天控股集団(トゥモウローグループ)」のオーナー肖建華氏の裁判が今年7月初め、上海の法院で始まったことが分かった。彼は2017年1月末、香港のホテルから突然姿を消し、その後、強制連行され、大陸内にいることが確認された。当時、地元メディアは、「一国二制度を無視した中国当局の横暴な拉致事件だ」として大々的に書き立てたが、その後5年間、彼の名はメディアに登場することはなかった。ずっと大陸内で拘束され、取り調べを受けていたもようだ。明天集団と肖建華氏は、習近平氏の政敵である江沢民元国家主席との関係が深く、江系の高級幹部の子弟、姻戚者の海外資産管理に関わっていたとも言われている。前回の拘束は第19回党大会開催の年、今回の裁判初公判は第20回党大会を直前にした時である。ここから読み取れるのは、明天事件は多分に党内権力闘争が絡んだ政治的要素を持っていると言えそうだ。 

 

<明天集団、肖建華とは>

米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」は今年6月9日、「肖建華氏は中国国内で刑事訴追され、近く上海の法院(裁判所)で裁判が始まる」と報じた。中国外交部は間接的に認めているが、国内メディアは少しも報じていない。だが、実際に初公判が7月4日に開かれたもようだ。肖氏は山東省生まれながら、現在カナダ国籍なので、カナダ政府には連絡があった。今年秋の党大会前、しかも党大会人事を話し合う夏の北戴河会議会議の直前に、この種の裁判が開かれるのは習近平指導部の底深い狙いが感じられる。肖建華と明天集団は党内の一定勢力との癒着が指摘されており、習近平氏にすれば、裁判を通じて、高級幹部やその子弟による政経癒着の汚職構造を明らかにし、党内反対派にブラフを掛けたいとの思惑があったと見られる。

  

明天控股集団はもともと1999年に肖建華氏によって設立された投資会社。中国国内にある44の金融機関と資本提携し、銀行、保険、信託、証券、基金、賃貸、先物取引という金融に関するありとあらゆる営業免許を所持している。金融方面の総資産規模は3兆元とも言われる。そのほか、インターネットや不動産業も含めて100社近い企業を傘下に収めたり、資本投入したりしており、ジャック・マー(馬雲)氏の「アリババ集団」同様にコングロマリット化した企業集団になりつつあった。肖氏は1971年1月生まれで、今年51歳。拉致されたころはまだ40歳台半ばであり、若いのに大金を動かしていたことから、太子党(高級幹部の子弟)に違いないと思われていたが、そうではない。山東省肥城市郊外の安駕庄鎮という貧しい農村に育ち、父親は中学校の教師という平凡な家庭出身だ。

 

ただ、北京大学出の母親の血を引き継いだので成績優秀で、15歳の時に大学入学資格の統一試験に合格、飛び級で北京大学法律系に入った。言わば、天才肌の人だった。北京で民主化運動があった1989年当時、未成年ながら同大学の党組織に入り学生会会長をしていたが、本人は政治に関心はなく、民主化運動にも参加していない。むしろ天安門事件(6・4事件)後は積極的に当局側に協力したと言われ、大学の資金援助で「科学技術公司」を立ち上げ、コンピューターのビジネスを始めた。その後に、妻の周虹文女史の故郷である内モンゴル自治区の包頭に移り、ビート(砂糖ダイコン)の栽培企業などで商才を発揮。1998年に「華資実業」という企業を作り、そこの総経理(社長)となった。金融、保険などの分野に手を広げていったのは香港に移ってからのようだ。

 

IT企業の「アリババ」が杭州、同「テンセント」や不動産大手の「恒大集団」が深圳などと多くの大企業は中国国内に本部を置いているが、肖氏の明天集団はなぜか香港をベースにしていた。恐らく国内だと通信、金銭の管理内容を当局にすべて把握され、クライアントに迷惑がかかるという判断があったためではなかろうか。2010年代からはセントラル(中環)の埋め立て地にある高層高級ホテル「フォーシーズンズ・ホテル(香港四季酒店)」のオフィススペースに陣取り、企業経営の指揮を執っていた。故郷から中国建設銀行勤務の経験がある兄新華氏を呼び寄せ、明天控股集団企業群の財務、企業売買事業を受け持たせていた。さらに実の姉妹2人やその夫たちも香港に来させ、不動産売買を担当させた。香港内の高層ビル、商業施設の膨大な資産は彼女2人の名義で所有されていた。当時、肖氏の個人の資産も400億元は下らないと言われる。

 

その肖建華氏は四季酒店で大勢の女性ボディ―ガードに囲まれて企業経営に当たっていたが、2017年春節大晦日の1月27日に、突然、当該ホテルから姿を消した。明天集団側は当初「海外で病気療養中だ」と発表したが、会社側も本当のところは掌握できなかったので糊塗したのであろう。だが、彼の行方はすぐに分かった。香港警察が間もなく、「肖氏は27日に香港・大陸間の出入境口を通って大陸に行った」と発表、中国に入境していることを認めたからだ。肖氏が独りで大陸に入る可能性が小さいことから、多くの香港メディアは、「肖氏の大陸入りは中国当局による強制的な拉致、連行である」との見方を強め、「一国二制度の崩壊だ」と非難した。今でこそ、香港、大陸間の垣根は低くなり、犯罪人移動は“容易”になっているが、当時はまだ「二制度」の有効性が問われた時代だった。

  

当時、この逮捕、連行事件の背景について、さまざまな揣摩憶測が流れた。米華人メディアは中南海消息筋の話として、「肖氏が国内の大物幹部、特に江沢民元国家主席系の幹部家族らの海外資産管理を請け負っていたことが関係しているので、その調査だ」と書いた。香港の地元誌では、肖氏の企業が不動産、投資事業で海外取引が多いだけでなく、国内幹部の隠し資金の運用、マネーロンダリングという闇の仕事にも手を染めてきたからではないかとの見方をしていた。そうした“業務”を展開しているのなら、習近平指導部はその詳細について関心を持つのは当然であったろう。

 

<肖氏への取り調べ内容>

では、肖建華氏は過去5年間、具体的に何を取り調べられてきたのか。2015年夏、中国の株式市場が大きく動いたことがある。年初から6月までの5カ月半、深圳、上海の両取引所の株価が暴騰を始めた。上海では6月12日、5178ポイントという異常な高値に達したが、これをピークに今度は一転下落傾向になり、2カ月後に2850ポイントまで下がった。深圳取引所の成分指数(A株上位500社の株価)も6月15日に1万8211ポイントという高値を記録したが、その後3カ月以内に9259ポイントまで落ちた。A株取引市場(人民元取引)の9割の株券が半分の価値に下がってしまった。いわゆる“チャイナショック”と言われる乱高下である。

 

この株価の乱高下はその後も数年続き、2020年ごろになってやっと平穏に戻った。証券監督管理委員会はこの市場の動きについて、党・政府を窮地に陥れるためにだれかが意図的に仕掛けたものだとの認識は持ち、その仕掛け人や詳細について調査を始めた。その結果、仕掛け人として浮かび上がったのが肖建華氏だったと言われ、直接本人から供述を取りたかったので国内に拉致したのであろう。一説には、肖氏はすでに株式市場乱高下“事件”に関与していることを認めているとも言われる。その目的について、太子党、江沢民系旧幹部の「利益集団」と共謀して経済的な混乱を起こし、習指導部を窮地に追い込むことだったとほのめかしているとも言われている。

 

肖氏がすらすら供述している様子は、専門紙「証券日報」の謝鎮江社長が訴追された事実からもうかがえる。2017年2月11日の財経誌系のネットメディア「財新網」は、謝鎮江社長が紀律違反で検査委の調査対象になったことを伝えた。2000年に創刊された証券日報は、中国の著名な「経済日報」傘下のメディアだったが、いつの間には明天集団、肖建華氏系企業が36%の株式を取得し、その経営権を確保していた。その結果、明天系のマイナス情報は流れず、対立企業のマイナス情報ばかりを積極的に報じていた。2015年の株式大暴落の際も、オーナーの肖氏の指示を受けて証券日報は「悪意ある意図的な」情報を流すなどの挙に出たようで、謝社長はその責任が問われたとの見方がされている。

  

海外華文メディアの報道だが、肖建華氏は当局の求めに応じて党・国家幹部と経済界との関係も供述しているとも伝えている。例えば、自身が蒋建国・党中央宣伝部副部長兼国務院新聞弁公室主任の協力を得て国内メディアの買収を図っていたこと。彼の供述が原因かどうかは分からないが、蒋建国氏はその後、新聞弁公室を解任されている。肖氏はまた、中国人民銀行や証券監督管理委員会などの上級幹部を篭絡し、一大経済情報ネットワークの構築を構想、計画を具体化していたことを暴露している。そして、金融面では、最終的にグローバルな資産運用、管理、M&Aができるような企業、彼自身の理想で言えば米JPモルガン証券のような世界的な投資銀行業務の展開を目指していたことも明らかにしたという。

 

ただ、こうした党の統制を無視するような経済人の勝手な行動は、習近平指導部にとっては不愉快である。アリババオーナーの馬雲氏がかつて上海のオンラインシンポジウムで、「良いイノベーションは監督を恐れない」と発言して激しく反発され、傘下企業のフィンティック企業「アント・グループ」のニューヨーク上場を阻止されたことがあった。馬雲氏がIT界の麒麟児であるならば、肖建華氏はまさに金融界の異端児。党中央は、肖氏が江氏系と懇意にする経済人であることばかりでかく、馬氏同様にグローバルに展開し、党の統制が利かなくなる企業作りを進めていくことに危機感を持ったのは疑いない。

タグ

全部見る