1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 第591回 ウクライナ支援で日本の立ち位置は? 伊藤努

記事・コラム一覧

第591回 ウクライナ支援で日本の立ち位置は? 伊藤努

第591回 ウクライナ支援で日本の立ち位置は? 伊藤努

第591回 ウクライナ支援で日本の立ち位置は?

かつて駐在したドイツ(当時の西ドイツ)には、5大経済研究所と呼ばれる国内外の経済動向を専門的に調査・研究するシンクタンクがある。それぞれ研究所ごとに、マクロ経済の見通しや産業界の景気動向調査、金融・財政政策の提言などの得意分野を持って競い合っており、定期的に公表される各種報告書はいずれもメディアで大きく取り上げられる。現在でもそうだろうが、5大経済研究所のような専門的な調査・研究機関とメディアや国民との距離感が日本に比べて近いと感じた記憶がある。

さて、ロシアが昨年2月にウクライナに軍事侵攻して以降、日本のメディアにもドイツ5大経済研究所の一角を占める「キール世界経済研究所」の名称がしばしば登場するようになった。この経済研究所の名前に冠されている地名のキールは、北欧のデンマークとも国境を接するドイツ最北端の州の州都で、バルト海に面しているので軍港都市としても知られる。

キール世界経済研の報告書や最新の集計データが日本を含む世界各国のメディアで引用されるのは、ロシアのあからさまな侵略を受けたウクライナに対する欧米諸国や国際機関による財政支援、人道支援、軍事支援を綿密に追跡し、侵攻後の大きな節目ごとにこれらの支援額の最新データを国内外に提供しているためだ。

キール世界経済研の経済学者、アンドレ・フランク博士が率いる作業チームは毎週、ウクライナへの西側の援助に関する公開情報の山をふるいにかけている。彼らの先駆的なウクライナ支援追跡プロジェクトでは、ロシアの侵略作戦に応じてウクライナに供与された軍事装備、人道的貢献、財政援助の実際の金銭的価値を独自に計算しようとしている。それによって、ウクライナ戦争の実相に迫る一助とするとともに、将来の戦後復旧・復興の青写真作成にも役立てる狙いがあるという。このような地道な作業が行われた上で、最新集計データが公表されていることをフランク博士のインタビューで知った。

ウクライナ侵攻からちょうど1年がたった時点(2月24日)でも、日本の多くのメディアがキール世界経済研の集計データが出典の主要7カ国(G7)の各国がこれまでに表明したウクライナ支援額の一覧表を掲載したり、紹介したりしていた。

ロシアによる軍事侵攻が始まる1カ月前の昨年1月24日から今年1月15日までの過去1年近くの期間におけるG7メンバー国の支援額は米国が731億8000万ユーロ(このうち軍事支援は443億4000万ユーロ)と群を抜いて多く、2番目に多い英国の83億1000万ユーロ(同48億9000万ユーロ)、3番目のドイツの61億5000万ユーロ(同23億6000万ユーロ)などよりも金額が一桁違う。ただ、G7メンバー国の国別支援額の一覧表では触れていないが、欧州26カ国が加盟する欧州連合(EU)およびEU加盟諸国にEUを離脱した英国を合わせた欧州勢の支援額を見ると、国別では断然トップの米国を上回っており、軍事力では圧倒的に劣勢のウクライナの徹底抗戦を支えている主要な要因の一つが欧米のウクライナ支援であることが数字の上からも裏付けられる。

気になる日本のウクライナ支援額を見ると、合計額は10億5000万ユーロと最下位のイタリアの10億2000万ユーロをわずかに上回るG7メンバー国中の6番目だが、支援の内訳に目を向ければ、財政支援が5億7000万ユーロ、人道支援が4億8000万ユーロであるのに対し、軍事支援は何と「ゼロ」となっており、嫌でも目につく。

「平和国家」として他国への武器提供を厳しく制限してきた日本は、ロシアの軍事侵攻が始まって以降、ウクライナのゼレンスキー政権から武器の提供を何度も求められてきたが、防衛省や外務省の幹部らは「武器輸出ルールを定めた防衛装備移転3原則とその運用指針などを理由に挙げて提供できない立場」を説明し、理解を求め続けているという。

日本は武器供与を見送る代わりに、ヘルメットや防寒服、非常食、発電機、民生用ドローン、民生用車両、ソーラーランタンなどを提供してきたが、キール世界経済研はこれらの供与物品を人道支援として集計しているわけだ。

岸田文雄首相は2月24日の記者会見で、「日本はカンボジアなどでの地雷除去や復興協力の長年の経験がある。ウクライナが一刻も早く地雷除去を本格的に進められるよう研修を継続するとともに、探知機や除去機の供与を進めていく」と強調し、日本の強みを生かしたウクライナ支援をきめ細かく実施していきたいと語った。

林芳正外相らがウクライナへの揺るぎない支援を繰り返しながらも、岸田首相がG7の議長国でありながらメンバー国の首脳としてただ一人、いまだに現地を訪問していないことと併せ、国連憲章などにも違反する侵略を受けたウクライナのような友好国にも軍事支援の手立てを欠いていることに大きな違和感を覚えるのは筆者ばかりではあるまい。

《アジアの今昔・未来 伊藤努》前回  
《アジアの今昔・未来 伊藤努》次回
《アジアの今昔・未来 伊藤努》の記事一覧

タグ

全部見る