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第595回 「定年後バックパッカー」T君の土産話を聞く3人の会 伊藤努

第595回 「定年後バックパッカー」T君の土産話を聞く3人の会 伊藤努

第595回 「定年後バックパッカー」T君の土産話を聞く3人の会

中学・高校時代の友人で、社会人となってからは国際派ビジネスマンとして商社や自動車メーカーなど幾つかの大企業で活躍した後、60歳の定年を機にすっぱりと退社し、「定年後バックパッカー」を自称して世界各地を漫遊しているT君のことは本欄でも何度か紹介させていただいた。そのT君から最近、またメールでの近況報告があり、4月末まで2カ月ほどニュージーランド各地を回ってきたので、その帰国報告も兼ねて行きつけの居酒屋で、もう一人の友人であるM君とともに一献を傾けたいとの誘いがあった。

筆者を含むこの高校時代の友人たちとは年明け早々の前回の集まりでも、T君が次のニュージーランド取材旅行から戻ったらまた会おうと話していたので、先のメールでの飲み会への誘いも予告通りのことと受け止め、快諾した。前回の1月半ばの集まりでは、T君からその直前のインドネシア旅行でのさまざまな体験話を聞いたが、何ともびっくりしたのは、昨年2月以降のウクライナ軍事侵攻を受けて、徴兵逃れと思われる富裕層のロシア人が多数、祖国から遠い赤道直下の南の島国に長期滞在し、生活費稼ぎのためにそれぞれが得意とするデジタル系のビジネスに励んでいるという話だった。このような祖国を脱出したロシア人は人気の行き先であるタイの有名リゾート地などに大挙して押し掛けていることは最近の報道で知った。

得意の英語や中国語を含め、ちょっとした会話程度であれば、何カ国語にも通じているT君は旅行先でも初対面の外国人とすぐに仲良くなり、その後に鋭い質問を浴びせるというスタイルで海外の現地事情を深く知り、あるメディアのウェブサイトの自らのコラム欄で詳しく報告しているが、酒席で聞く体験談はいずれも具体的でかつ説得力があるといつも感心させられる。また、海外の旅先で出会った外国人の美女とツーショットを必ず撮るというのが趣味なので、友人仲間からは海外取材の本当の目的は美女の撮影ではないかとの陰口を叩かれていることも付け加えておきたい。

さて、T君からの最新メールによれば、3月から4月末にかけて訪れたニュージーランドでは多くのドイツ人(約20人)に出会ったそうで、その際、T君が日本人の自称フリーライターということで、2011年3月に起きた東京電力の福島第一原子力発電所事故のことについていろいろと聞かれ、その際、ドイツ政府が先ごろ、国内で最後まで稼働していた原発3基を停止し、メルケル前政権が公約に掲げていたドイツの脱原発が実現した経緯などについても議論したという。商社勤務時代に石油取引などエネルギー分野のビジネスに関わってきたT君にはいまだに興味のあるテーマなのだろう。

初対面のT君と話したドイツ人の大半も、ウクライナ侵攻後のエネルギー価格の高騰、それに伴う電力料金の値上げというショッキングな事態を受けて、ショルツ現政権が公約していた今年4月を期限とする原発稼働の延長期間も先送りされると思っていたそうだが、そうはならなかったことについて、ドイツ財務省の若手エリート官僚(女性)が語ったという興味深い説を紹介してくれた。その女性官僚いわく、「ドイツでは原発廃止に対して疑問を呈することは社会的に危険とみなされ、公開の場では冷静に議論できない状況があり、ナチスを是か非かと論じるのと同じで、脱原発はイデオロギーであり、宗教と同じように社会の同調圧力が異論を封殺している」との見立てだった。このため、ドイツの産業界では国際競争力を阻害する国内の高い電力料金に嫌気が差して、大手企業が続々と工場の海外移転を始めているという。

T君からは、ドイツの脱原発の動きについて、ドイツ(西ドイツ時代)の駐在経験のある貴兄の見方をぜひ伺いたいと注文があった。大学での専攻分野を生かして石油資源の探査・開発企業に就職し、世界各地を渡り歩いたM君を含む高校時代のこの友人仲間との酒席での会話はいつもこのような宿題も課されて、おちおちグラスに口を付けることができなくなるのが常である。高校時代から、互いに「(お前は)バカだなー」と言い合ってきた気の置けない筆者ら3人は今年、古希を迎えた。往時茫茫だが、T君は今度は韓国での自転車旅行を計画しているといい、彼に限っては精神的、肉体的にも青春時代が続いているのだろう。

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