1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. テスラ社CEOマスク氏の電撃訪中の狙いは何か―やがて政治的スタンスが問われそう(上) 日暮高則

記事・コラム一覧

テスラ社CEOマスク氏の電撃訪中の狙いは何か―やがて政治的スタンスが問われそう(上) 日暮高則

テスラ社CEOマスク氏の電撃訪中の狙いは何か―やがて政治的スタンスが問われそう(上) 日暮高則

テスラ社CEOマスク氏の電撃訪中の狙いは何か―やがて政治的スタンスが問われそう(上)

世界的な電動自動車(EV)メーカー「テスラ社」を率いるイーロン・マスク氏が5月30日から6月1日まで、電撃的に中国を訪問した。北京で中央指導部の一人である丁薛祥政治局常務委員兼副総理ら閣僚クラス4人と相次いで会談したほか、有名な大手電池メーカー「寧徳時代新能源科技公司」のCEOと親しく食事を共にして密談。そのあと上海に飛んで自社製造工場メガファクトリーに行って、従業員に訓示も垂れている。ただ、彼は米国に戻ったあと、今旅程について一切ツイートしておらず、果たして訪中の目的は何だったのか、どういう成果が得られたのかは明らかにされていない。全体的には西側企業の対中国デカップリング(分離)志向が進む中、テスラ社は依然中国での生産や市場展開にこだわっているように見受けられる。マスク氏は今、EVばかりでなく、ネットメディア、宇宙、医療分野での企業も創設しており、こうした分野でも中国市場を視野に入れているのかも知れない。

<マスク氏の電撃訪問>
マスク氏が中国を訪問したのは3年ぶり。自社工場があるとはいえ、さすがにコロナ禍の最中は遠慮していたようだ。5月30日午後、プライベートジェットで、今回、最初に北京に入った。直ちに、秦剛国務委員兼外交部長と会談した。国務委員という主要閣僚がいきなり民間企業のトップに会うというのは異例の待遇であろう。マスク氏には、かつて上海工場の管理を任せていた朱暁彤(トム・ジュー)氏、同社の対外関係担当副社長である陶琳(グレース・タオ)女史の中国人スタッフが随行した。中国側の官制メディアによれば、マスク氏がこの会談で、「米中経済は切り離せない関係にある」として米中デカップリングに反対の意思を示すと同時に、テスラ社、マスク氏の事業全体としても中国での業務を拡大していく中で、発展のチャンスを得たいとの意向を示したという。

マスク氏は翌31日昼、工業信息化(情報化)部の金壮龍部長と会談、ここでは新エネルギー車、AI活用自動車の将来性について意見を交換したという。さらに夕方には王文濤商務部長と会い、米中両国の経済貿易協力関係について広く意見を交わしたもようだ。最後にマスク氏との会見に臨んだのが丁薛祥副総理。政治局常務委員である丁氏が外国民間企業トップと単独で会うというのも異例中の異例。それだけ中国指導部はマスク氏の存在を重視しているということであろう。会見の詳細は伝えられていない。マスク氏自身は上海のメガファクトリー建設時に再三交流した“老朋友”の李強氏(現国務院総理、前上海市党委書記)との会談を望んだと言われる。だが、これには、中国側もさすがに釣り合いが取れないとばかりに応じなかったようだ。

マスク氏の北京滞在でとりわけ目立った動きと言えば、北京に到着したその夜、同地最大級のクラブハウスである「華府会」で、「寧徳時代新能源科技公司(CATL)」の曽毓群CEOと夕食を共にしたことだ。CATLは、リチウムイオン電池、蓄電システム、バッテリーマネジメントなどを主業務とする世界最大手の電池メーカーの一つ。もともと日本企業TDKにいた中国人幹部が「アンブレックステクノロジー(ATL)」を創業、アップル社などに納品していたが、その後にEV用バッテリーに特化した企業としてCATLを分離、設立した。EVは結局バッテリーの持久力が勝負の分かれ目だが、CATLは製品価値を高め、テスラ社の主要サプライヤーになっている。

この宴席では、曽毓群CEOが接待側に回った。最大の顧客であるテスラのCEOに対し、CATLも最大級のもてなしをするため、北京の三里屯にある四合院建築の超高級クラブハウス華府会を選んだようだ。この日の夕食のメニューはすでにネット上に出回っている。前菜から始まって海鮮、肉類、季節のサラダ、主食などの順に運ばれ、輸入海産物の最高級品であるミル貝の一種アメリカナミガイ、イタリア風の黒酢の牛肉、桜エビとニラの炒め物、主食にはマスク氏が好きなジャージャン麵が出されたという。およそ3時間の会食で、料理の総額は4万5248元。22人が参加したので、一人当たり2060元近くになったという。

マスク氏は北京での一連のスケジュールをこなした後、31日夜、プライベートジェットで上海の虹橋空港に向かった。上海のメガファクトリーでは、従業員全員にハンバーガーを振る舞い、大勢の従業員と一緒に写真に納まった。その写真は陶琳女史によってSNS「微博(ウェイボー)」にアップされ、そこにはマスク氏の言葉と見られる「皆さんのバックアップに感謝します。満々たる収穫のある一日だった」の文字が付記されていた。翌6月1日朝には、陳吉寧上海市書記(党中央政治局委員兼任)と会談し、正午前、彼のプライベートジェットは虹橋空港からテキサス州オースチンのバーグストロム空港に向け飛び立った。中国滞在時間は2都市を回り、大物党幹部5人と会談しても、わずかに44時間の滞在に過ぎない。超駆け足訪問だった。

中国幹部の接待ぶりから見ても、米企業人の中でもマスク氏に対してだけは別格の扱い。いや、一般中国人もマスク氏の動静に異常な関心を持っているようだ。5月30日、31日の2日間にネット上で、マスク氏関連ニュースへのアクセスが1億7000万件を超えたという。実は、マスク氏と同じころ、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO、スターバックスのラクスマン・ナラシムハンCEOも相次いで訪中しているが、それほど騒がれていない。今年3月にはIT系のアップル社のティム・クックCEOも北京参りしているが、中国メディアではほとんど冷遇されていた。もっとも彼は3年以内に5回も訪中しているので、飽きられているのかも知れない。

<中国訪問の目的は?>
中国側は熱烈歓迎で対応しているのに、マスク氏は今回の訪中について何の発信もしていない。ツイッター社は今、彼の“持ち物 ”であり、いつもなら毎日数十回のツイートを発しているが、今回に限っては、その掌中の珠を使って中国訪問の成果を喧伝する様子はなかった。マスク氏の中国における本業であるEV事業を見ると、今年第1四半期のテスラ車の引き渡しは42万台で前年同期比36%増、最大のライバル比亜迪(BYD)は26万台で前年同期比85%増。外国企業が国内企業に追い上げられるのはある意味宿命で、BYDの追い上げもなるほどすさまじい。だが、それでも現時点でテスラ社はナンバーワンで、先行きを不安視するほどの数字ではない。

多くの海外メディアが分析するところによれば、マスク氏の今次訪中には3つの目的があったのではないかと言われている。1つ目は上海のメガファクトリーをさらに拡張するための事前調査。2つ目は自動運転機能車を中国に導入できるか、3つ目はEVのバッテリーを大きくし、さらに蓄電能力が高められるか―について調べることにあったという。1つ目はテスラ側に資金と販売能力があれば問題ない。上海生産のEV車の多くは海外に輸出されており、テスラ社がいかに中国国内で競争にさらされようが、海外で圧倒的な市場が持てれば生産拡大はできる。3つ目はCATLの発展性にかかる。そのために曽毓群CEOと密談したのであろうが、取り立てて事後報告はないところを見ると、確実に所期の成果を上げたのではなかろうか。

問題は2つ目の自動運転機能だ。中国のEV車は外観的にはテスラ車の豪華さ、スマートさに近づいてきた。今後勝負を決めるのは運転支援機能(FSD)の優劣だ。特に運転支援からAIを使ってどこまで完全運転装置(レベル5)につなげられるかがポイントになるが、マスク氏は当面このFSDを付けた新型車が中国に定着できるかを非常に気にしているようだ。ところが、テスラ社にとってマイナスな動きもある。ボイス・オブ・アメリカによれば、北京や上海の地方政府はこのテスラ車のFSD撮影装置について、「情報窃取につながる恐れがある」と懸念しており、職員に対して「テスラ車を公官庁の事務所内に停車すべきでない」と指示しているという。

中国側がこうした指示を出した裏には、いみじくも、自らがFSD撮影装置を使って情報収集していることから、米国側、テスラ側も当然同様行為をしていると考えていることを暴露したに他ならない。いずれにしても、FSDイコール米側のスパイ機器というイメージが定着すれば、公官庁を中心にテスラ車は売れなくなる。あるいは、中央政府は国産車重視のためにこうした“スパイ要素”を理由に挙げて国内販売を抑制するかも知れない。WTO違反のようだが、米国側も中国企業のIT関連機器やアプリに同様措置を取っているので、文句が付けづらい。

逆に、米国、西側諸国では、テスラ社やマスク氏が中国との関係密であることから、中国側に利用されているのではないかとの“疑惑 ”もある。米系華文メディアによると、マスク氏は今回、プライベートジェット機内に、半導体製造に使われる極端紫外線リソグラフィー(露光装置)やAI関係でチャットGPT-5の大規模言語モデル、人間型ロボットの部品、アルゴリズムのデータ構造などを積んでいた可能性があると言われる。現在、米国では中国人技術者が“危険視 ”され、次々に帰国させられているし、半導体関係の製造装置や素材などが厳重管理されている。という意味では、これらの機器、データは中国側にとって垂涎の的である。もし、マスク氏を通じて手渡されているとしたら、大問題である。

ところで、マスク氏が北京の初日夜、CATLの曽毓群CEOと食事を共にして密談した意味は何だったのだろう。それについて米系華人メディアは、バイデン政権がEV車に出すとされる補助金に関係しているとの見方を示している。テスラ車のModel-3は最高7500ドルの補助金を受ける資格があるが、それには条件があって、車載電池の一定割合を北米で調達すること、さらに電池に使うリチウムなどの重要鉱物の一定割合を米国か、米国が自由貿易協定(FTA)を結ぶ国から持ち込むことを企業側に迫っている。この結果、テスラ社は米国で補助金を得るため、上海メガファクトリーでCATLからストレートに電池のサプライを受けるわけにいかなくなったのだ。テスラ社は、日本や韓国系企業からの調達に切り替えるとしているが、果たしてCATLとの縁が完全に切れるかどうかは明らかでない。という意味で、四合院の超高級クラブの宴席は意味深長である。


《チャイナ・スクランブル 日暮高則》前回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》次回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》の記事一覧

タグ

全部見る