第385回 インドの魅力を現地で探る友人の「定年後バックパッカー」 伊藤努

第385回 インドの魅力を現地で探る友人の「定年後バックパッカー」
「定年後バックパッカー」を自称し、世界放浪の旅を続けている高校時代の友人、高野秀樹君から最近、インド最北端の古都レーに長逗留し、インドの魅力を探っているとのメールの便りが届いた。レーはインド北部ラダック地方(ジャム・カシミール州)の中心地で、標高は富士山とほぼ同じ高さの約3650メートルある。住民の大部分がチベット民族のため、「インドのチベット」とも呼ばれる。
この友人は少し前までは、米国の伝説的な幹線道路「ルート66」を数週間かけて米在住の知人と車で旅行しているとの報告が何回かあったが、一時帰国後、腰を落ち着ける間もなく、同君のお気入りのインドの古都に再び旅立っていたわけだ。
筆者はインドを含む南アジアでは、インドの隣国パキスタンと島国のスリランカを取材で訪れたことがあるだけで、インドはこの目で直接見たことはない。勤務先の職場でニューデリー駐在経験者の先輩、後輩からは現地の独特の文化や宗教、生活習慣などを聞いたことはあるが、やはり「百聞は一見に如かず」で、実際の体験にはかなわない。
まず、元は世界を駆け回った国際ビジネスマンで、インド旅行を何度か経験している友人の高野君のメールから同国の魅力をピックアップすると、▽列車が時刻通り到着しなくても仕方ないと思える「ゆるキャラの社会」、▽ギスギスした競争がない「まったりとした生活」、▽瞑想とヨガという深遠な精神世界、▽広大な国土の中の多様な大自然と多彩なインド料理、▽物価が比較的安い――といった点を列挙。こうしたインド的世界が欧米などからの外国人リピーターを引きつけているのではないかと分析していた。
インドというと、厳格な身分制度のカースト制を思い浮かべるが、同君は「カースト制度は確かに問題はある」としながらも、「カーストの定めている仕事をする限りは仕事は保障され、食べていけるという一種の生活保障制度の側面がある」と、豊富な現地体験に基づき独自の解釈をしていた。その上で、固定化した身分制度の下では「分をわきまえることで、下層階級の社会への不満が抑えられる」という見方を紹介し、世界各地で頻発する無差別殺人テロや銃乱射事件の背景にあるとされる都市生活者の深刻な疎外感や差別に対する怒りの暴発がインドでは起きにくいという社会構造に触れていた。
時刻表に無頓着なような遅れ放題の列車などの交通機関、不衛生な生活環境、手に負えないゴミ問題などインド社会の現状は、万事に几帳面で清潔好きの多くの日本人には異質に映る別世界とも言えるが、こうした「ネガティブ材料満載の国」が欧米からのインド大好き人間には逆に魅力となるというのが何とも不思議だ。
高野君が長く滞在している北インドのレーで、同君が知り合いになった30代半ばの日本人女性は群馬県の電機メーカー勤務の工場労働者で、毎年夏の1週間の休みにこの地で暮らすようになったという。この女性が何でまた、毎年の北インド詣でをするのかと聞くと、「心の癒しを求めている」とのことで、その心情、感覚は他人にはなかなか理解できない。ともあれ、小中学校時代から冒険心に富んでいた高野君は「インドはとにかく不思議で広大な国であり、何が外国人を引きつけているのか、時間をかけて考えていきたい」とメールの文章を締めくくり、北インド滞在がまだ続きそうな口ぶりだった。