第283回 タイの路地で生き抜くトゥク・トゥク 伊藤努

第283回 タイの路地で生き抜くトゥク・トゥク
タイといえば、首都バンコクなど都会の狭い路地でも小回りの利く3輪自動車「トゥク・トゥク」が地元の住民や外国人観光客に人気の乗り物だが、最近、同国を取材で訪れてみると、幹線道路ではほとんど見掛けなくなっていた。最高時速が40キロ程度のトゥク・トゥクが走れない高速道路は別にして、片側2車線の主要道路を走るのは高級車をはじめ塗装がきれいな普通車ばかりだった。
歴代のタイ政府は、同国を「東洋のデトロイト」にするとのスローガンを掲げ、自動車生産を奨励してきたが、近年の新車生産台数は235万台と、世界第9位の地位にまで駆け上がった。環境に優しい省エネ仕様の「エコカー」(1300CC以下)の人気もあり、タイ政府関係者は、近い将来に生産台数を300万の大台に乗せ、世界第5位の座を目指すと異口同音に話している。自動車生産の「5強」と言えば、中国、米国、日本、ドイツに次ぐランクであり、タイをもう「中進国」とは呼べなくなるのではないか。もちろん、タイ自動車工業会が発表する新車生産台数には、乗用車とは認知されないトゥク・トゥクは入っていない。
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タイ・フェスティバルで展示されたトゥク・トゥク(代々木公園)
タイの人々にとって、便利で運賃が割安なトゥク・トゥクは日常生活に根づいていた移動手段だったが、乗用車の急速な普及に加え、新車を次々に投入しているバスやタクシーなど他の交通機関の発達や、交通渋滞で悪名高い大都市バンコクでは高架鉄道も開通したこともあって、長年の人気者もさすがに今では身の置き所が徐々に狭まっているようだ。排気ガスと騒音をまき散らす旧式の小型エンジンは、昔はそれほど気にも留められなかったが、大気汚染など環境意識が高まりつつあるご時世であり、その面でも逆風が吹く。
しかし、今回のバンコク滞在時、所用があって、初乗り運賃35バーツ(約100円)のタクシーに乗ると、運転手が渋滞を避けて裏道を走ってくれたこともあり、路地裏ではトゥク・トゥクがまだ主役として残っていることを垣間見ることができた。昼時、市民でにぎわう小さな市場近くの空き地には、たくさんのトゥク・トゥクが運転手と一緒になって整然と駐車していた。恐らく、買い物でたくさんの荷物を抱えた地元住民の利用を待っているのだろう。
筆者の子供時代、つまり昭和30年代前半(1950年代後半)の東京都心の庶民の生活を描いた映画「3丁目の夕日」にダイハツが販売した小型3輪車の「ミゼット」が登場するが、トゥク・トゥクはいわばこの愛すべきミゼットのタイ版3輪車でもある。日本ではその後の急速なモータリゼーションの中で「ミゼット」はあっという間に退場を余儀なくされたが、トゥク・トゥクにはいつまでもタイの庶民の足として生き残ってほしい。