第235回 「男の隠れ家」あれこれ 伊藤努

第235回 「男の隠れ家」あれこれ
老若男女を問わず、人はさまざまな趣味や楽しみを持っているものだが、近年、「男の隠れ家」という現象がちょっとしたブームになっている。そのものズバリのタイトルの男性向け月刊誌が発行され、人気を保っているのも、「男の隠れ家」現象、あるいはそうした秘密の場所を持ちたいという日本人男性、とりわけ中高年以上の年代の願望の高まりを反映しているように思われる。
男の隠れ家の意味合いを説明すると、日々の会社での仕事や家族サービスなどから解放され、一人になった時間に誰にも邪魔されずにくつろげる場所や時間、空間とでも言えようか。隠れ家というからには、家族や他人にもあまり知られずに、秘密に過ごせることも大事な要素となる。しかし、秘密性はあまり重要ではないという意見もあり、一人でくつろげることを重視する考え方も少なくない。
「くつろげる」をキーワードに緩やかに定義すると、のんびり一人旅、釣りや登山、市民農園での農作業、居酒屋で一人で一杯といった日常生活での息抜きのほか、競輪や競馬、パチンコといった賭け事でも可能ということになる。競馬場やパチンコ店など、多くの人が集まる場所、空間であっても、一人で賭け事に勝つ作戦を練り、それに没頭すれば、周囲のことなど眼中になくなり、自分だけの世界に浸ることができる。そうした趣味を持っている男性であれば、パチンコ店も立派な「男の隠れ家」ではないか。
筆者の大学時代の恩師、N先生は、皇居が望める東京會舘のクラブの会員になっていて、都心での会議の空いた時間があったときなどは、同會舘のレストラン、ラウンジで書き物をしたり、教え子との面談の場として活用されていた。先生にとっては、仕事も兼ねての利用だったようだが、四季ごとに景色が変わる自然豊かな皇居を見渡せる都心の一等地は格好のくつろぎの場でもあったようだ。先生は、郷里の松本にもログハウス風の別荘を持っていて、東京の自宅や大学と頻繁に行き来していたが、南アルプスの山々を望む「望岳山荘」と名付けられた建物は、筆者には憧れの「隠れ家」である。
旅行が好きだったり、温泉巡りが趣味だったりすれば、自分だけのお気に入りの場所や名湯というものも幾つか出てくる。東京近郊の里山歩きや渓流巡りが好きなので、年に何回か、東京と神奈川の都県境を流れる多摩川の上流やその支流の秋川渓谷を訪れるが、人が多くないウイークデーに行くと、都心から電車や車でわずか1時間余の距離というのに、大自然の中にいることを実感する。
歩き疲れたら、昭和の雰囲気が漂う「食事処」で名物のそばを食べたり、多摩川の水で造った東京の地酒メーカーの出店(でみせ)で新酒を味わったりするのが習いになっている。近くには温泉もあり、家に戻る前に湯ぶねに浸かれば、心地よい疲れが残り、山間を走る電車でゆっくりと帰途に就く。混雑する週末を避けた奥多摩通いはちょっとした「男の隠れ家」だ。
今はまだ仕事で忙しいが、もう少し時間的余裕が出てきたら、世の中高年男性諸氏に負けぬよう、自分だけの「隠れ家」開拓にいそしみたい。