第233回 特ダネの裏に女性あり 伊藤努

第233回 特ダネの裏に女性あり
最近、ジャーナリストの大先輩から女性絡みの興味深い話をうかがった。長い記者活動をしてきた筆者にはそうした経験は全くないのだが、この大先輩の話を聞きながら、職場の先輩であり上司でもあったY氏のパリ特派員時代の特ダネの数々を思い出した。
かねて面識のあるこの大先輩はY紙で特派員経験が豊富はAさんで、テレビの情報番組で国際政治学者の肩書でレギュラーメンバーになっているので、お名前を記せば、すぐ分かるであろう有名人である。
たまたまある海外取材でご一緒し、乗り継ぎの便で隣の席になったので、問わず語りに昔話に花が咲いていると、半世紀ほど前のAさんのジャカルタ特派員、カイロ特派員時代の話となった。筆者はその頃は小学生か中学生の時代で、同時代史を新聞報道などの記録で知っているにすぎないのだが、インドネシア大統領だったスカルノ氏の2番目の妻だったデビ夫人、あるいはアラブ世界の中で初めてイスラエルとの歴史的和平に踏み切ったサダト・エジプト大統領の夫人と、固有名詞が出てくれば、俄然、身近に感じる存在となる。
Y紙ジャカルタ特派員だったA記者は、当時第三世界のリーダーでもあったスカルト大統領との単独会見の実現を画策していたが、同じ日本人でもあるデビ夫人に接近。それが見事に功を奏し、他紙を出し抜くことができた。接近の方法はやはり企業秘密に属するので、ご紹介できないが、後にカイロ勤務となったA記者は二匹目のドジョウを狙ってサダト大統領夫人にアプローチしたものの、これはうまくいかなかったそうだ。
一方の筆者の直属上司だったY氏はパリ特派員時代、専門の政治・外交問題だけではなく、フランス社交界の興味深い話を取材しては、全国紙の社会面に記事が大きく掲載され、「軟派のY記者」として名をはせていた。そのY氏から後年聞いた話が、「ニュースの裏には女性あり」という教訓で、事実、同氏は昼間はフランスや欧州の政治、経済情勢にアンテナを張りながら、夜はパリ社交界の華である有名女性に独自の方法で食い込み、面白いネタを次々に発掘していた。
新聞記者や海外特派員の仕事は、政治、経済、外交といった「硬派記事」で評価されるのが普通だが、Yパリ特派員は、社交界情報といった社会ネタを含むオールラウンドな記事を書くことができるかどうかが記者の腕の見せ所と話していた。Yさんが特に食い込んでいたのは、当時、国際的に活躍していた3人の日本人女性だったが、今にして思えば、目の付け所がいいのである。もちろん、初めから取材対象と考えて付き合いが始まったわけではなく、Yさんの人間的魅力があればこその情報提供だったのであろう。
影響力のある、あるいは貴重な情報を持っている異性の女性を情報源とする取材活動は危険と裏腹であるが、どうしても世間あるいは世の中に知らせたいという面白い情報をつかんだとき、職業上のリスクを引き受けるのはジャーナリストの性(さが)ではないか。そんな取材に巡り合えなかったのは残念なのだが、それを内心、幸運だったと考えるのは記者魂に欠けるのかもしれないと忸怩たる思いにもなる。