第237回 某民放女性特派員仲間の意外な指摘 伊藤努

第237回 某民放女性特派員仲間の意外な指摘
十数年前のバンコク駐在時代の記者仲間とは今も年に2、3回、一緒に飲食する機会をつくっては旧交を温めている。当時の大きな取材テーマだったミャンマーの民主化問題や首脳同士の武力衝突に発展したカンボジアの政情不安、東南アジア諸国連合(ASEAN)の関連会議などを現地で取材した思い出話に花を咲かせながら、現在の域内の情勢をめぐる意見交換で盛り上がる。
最近も都内にあるタイ料理店で有志でつくる「バンコク会」に出席し、話が盛り上がっている最中に、突然、久しぶりに参加した某テレビ局の女性記者のNさんから、「東南アジア駐在時は伊藤さんともいろいろな記者会見をカバーしましたが、いつも全体の理解に大切なことをいち早く質問してもらい、仕事で参考にさせていただきました」と発言があった。当の本人は「そんなことがあったかな」といぶかしく思っていると、他社の元特派員仲間からも次々と同じような感想をもらい、驚くと同時に、よくそのようなことを観察し、なおかつ長い時間がたっても忘れずにいることに「うれしい意外感」を覚えた。
ご紹介したエピソードを自慢話と誤解されては困るが、本人は身近にいた同業者からそのように見られているとはつゆ知らずに記者会見の場で質問していただけのことで、「うれしい意外感」と表現したのはそのためである。
Nさんらからそうした指摘を受けて改めて思い起こしたのは、要人に聞きたいことを直接質問できる記者会見に出た場合には、質問したい項目を必ず事前に準備し、原稿を書く段階を想定して、基礎的な問題であっても、疑問のままにはしておかないよう、補足的な質問も用意して会見の場に臨むことを心掛けていたという点だ。このようなことは記者としての基本中の基本の事柄に属するが、ただ単に愚直にそのような気持ちで仕事をしていたことを記者仲間が覚えておいてくれたことには、感謝の気持ちがあるだけである。
Nさんらの指摘に接してもう一つ感じたことは、筆者が通信社という「ニュースを早く、正確に読者(報道機関など)に届ける」のを何より重視するメディアに属する記者だったという点と関係があるかもしれないということだ。記者会見は当局と報道機関の真剣勝負の場だが、その場で飛び出す重要ニュースを他のメディアに先駆けて速報することも重要な任務とする。ニュースが重要だというその全体的背景と、なぜ重要なのかについて、伝える本人がきっちりと把握していなければ、誤報となり、記事の配信を受ける報道機関に多大な迷惑をかけることになる。Nさんの思い出話から、ふだんは表舞台に出ることが少ない通信社記者のやりがいの一つを紹介する随想となってしまった。