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第231回 日中協力のモデルとなるトキ野生復帰事業 伊藤努

第231回 日中協力のモデルとなるトキ野生復帰事業 伊藤努

第231回 日中協力のモデルとなるトキ野生復帰事業

日本で絶滅したトキだが、1999年に中国から贈られたトキのペアの人工飼育と繁殖がスタートし、その子供たちの野生復帰計画がようやく軌道に乗ってきたところだが、中国でも一時は全滅寸前となったトキの古里を訪ねる機会があった。中国中西部の陝西省にある野生動物保護センターの桜観台で、省都の西安から車で1時間ほどの秦嶺(しんれい)山脈の南麓にある。ここでは、230羽余りのトキがケージで飼われ、野生に戻すまでの飼育とエサ取りの訓練などが行われている。

かつて、中国や極東ロシア、朝鮮半島、日本の広い範囲に分布していたトキだが、中国でも乱獲や環境悪化により、1980年前後には絶滅していたとみられていた。1981年に陝西省の洋県で7羽のトキが再発見され、以来、陝西省とお隣の河南省の3カ所に自然保護区を設置し、30年に及ぶ地元政府や地域住民の取り組みの結果、中国のトキは現在、野生下で1000羽以上、飼育下では約650羽まで増加している。

今年8月初めに訪ねた西安郊外の桜観台の保護センターで飼育されている230羽のトキたちは野生復帰を待つグループで、山あいに所狭しと作られた小さなケージの生活は窮屈そうだった。しかし、野生の状態に戻すとしても、飛翔する力を付けたり、エサ取りや天敵、繁殖のためのペア探しなど、大自然の中で生き抜いていくにはさまざまな試練が待ち受けている。

トキの生息環境は自然といっても、実は人間の生活空間と密接に関連している。佐渡での野生復帰計画のニュースでご存知の方も多いだろうが、トキは水田やため池、用水路といった人間がつくった里山的な環境の下で、エサとなるドジョウやカエル、水生昆虫などを捕まえており、長い口ばしは泥の中にいるエサを探すのに便利なように進化してきたそうだ。

第231回 伊藤努 保護センターのケージで飼われているトキ.jpg

保護センターのケージで飼われているトキ

20世紀前半には、日本を含め東アジアの大空を飛んでいたのが当たり前の光景だったのが一変したのは、農業に化学肥料を大量に使うようになり、エサとなる小動物を通じて有害物質が体内に入り込み、絶滅への坂道を転げ落ちていったのがトキの悲話というわけである。つまり、トキが自然界で安心して暮らしていくためには、農薬などを極力使わない有機農業を広めていく必要があり、自然保護区に指定された陝西省などの3カ所の地域を含め、多くの集落の農民、住民などの理解と協力も欠かせなくなる。

日本側の窓口である国際協力機構(JICA)が中心となって中国国家林業局との間で始まった「人とトキが共生できる地域環境づくり」プロジェクトは2010年から5カ年計画で進行中だが、プロジェクトに関わる日本人スタッフの森康二郎さん、中島卓也さんという環境と鳥類保護の専門家のお二人が、トキの野生復帰支援やトキの行動を把握するモニタリング体制の整備、地元住民に対する啓発活動などで多忙な日々を送っている。

朱色の美しい羽を持つことから「東方の宝石」と呼ばれたり、その姿から「吉祥之鳥」(幸福をもたらす鳥)と言われたトキの野生復帰計画は、日中交流のモデル事業だと感じた保護センターでの見聞だった。

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